第20話 買い物デートと言えなくもない

 ギルドマスターとの模擬戦で一定の実力を示し、冒険者の一員として明日の討伐作戦に参加する事になった俺は、その後王都エランディウムの〈黄金通り〉を訪れていた。

 この世界に来た初日に訪れた、ゴルドー氏の店があるあの大通りである。

 ここには多数の商店が居を構え、行商人の露店や軽食の屋台が並び、日々大量の金貨が人々の中を行き交う。それで〈黄金通り〉だ。

 来訪の目的は実戦用の装備一式を揃えること。さすがに、シャツとズボンに木剣でゴブリンの巣に突入するつもりはない。

 一番いい装備を頼む・・・・・・と言いたいところだが、予算は有限だ。〈番犬亭〉の宿泊費や師匠への依頼報酬などで使った分を引いて、手持ちの金貨はおよそ百三十枚と少し。

 決して少なくはないが、一級品の装備を揃えるには到底足りない。今後の生活を考えると、少しは残しておかないといけないし。


「むう、剣一本で金貨一万枚か・・・・・・一万って、城が建つんじゃないか?」


 〈黄金通り〉の一角にある高級魔導武具店のショーウィンドウには、様々な魔法の武器が展示されていた。

 その中で一番高価だったのは、美しい銀色の刀身に複雑な魔法文字ルーンが刻印されたミスリル製の魔剣、その名も〈冬寂ウィンター・ミュート〉。一流の魔法鍛冶である〈白銀山脈〉のドワーフが鍛造したもので、耐久力を向上させる〈不朽〉、切断力を向上させる〈鋭刃〉、冷気を放射する〈白霜〉の三重の魔法付与エンチャントが施されているという。

 堅牢なる竜の鱗をも斬り裂き、血を凍てつかせて命脈を絶つ。

 宣伝文句にはそう書いてあった。


「一万では無理。少なくとも二万は必要」


 隣で一緒に見ていた師匠が、律儀に教えてくれた。


「ドラゴンを殺す剣なんてあなたには必要ない。もっと身の丈にあったものを探すから、早く来て」

「わ、わかったから引っ張らんでくれ。小さい子供じゃないんだぜ・・・・・・」


 大きい子供ではあるかもしれないけどな!

 魔法の剣に目なんか奪われている時点で、自分は大人ですと胸を張ることは難しい。

 まるでおもちゃ屋さんから離れない子供を強制連行する母親みたいに、師匠が俺の腕を引っ張っていった。

 ちなみにショーケースの中にあるのは偽物で、本物は地下の大金庫に厳重保管されているとか。

 むろん、〈ドミネイター〉を使って店主に催眠をかければ、どんな高級装備も好きなだけ手に入れることができるだろう。だがたとえ自分の命がかかっているとしても、そのために他人に大損害を与えるのは気が進まなかった。もしそれで自殺でもされたら、俺は一生枕を高くして眠れなくなってしまうだろう。

 それに、スマホのバッテリー残量はもう多くない。

 一応、充電に使える魔法はいくつか思いついたが・・・・・・確証のない現時点では、温存するに限る。

 そういうわけで、買い物は真っ当に進めなければならない。

 師匠に引っ張られながら、〈黄金通り〉を歩くことしばらく。

 彼女が俺を連行していったのは、誰あろう魔導具商人ゴルドーの店であった。

 なんでもギルドマスターに、あらかじめ良心的な値段で装備を買える店を聞いてくれたのだとか。

 そしてお勧めされたのがゴルドーの魔導具店とのことだった。


「おお、イサミ殿ではないですか!」


 ゴルドーは俺の顔を見るなり、晴れやかな営業スマイルを浮かべて出迎えた。


「こんちは。俺のこと覚えてたのか?」

「もちろんですとも。あのような素晴らしい品を譲ってくださったお客様を忘れるなどあり得ません!」


 多少営業は入っているだろうが、ゴルドーの対応は非常に好意的だった。

 前回来店時は〈ドミネイター〉でかなりいいように操ってしまったが、この様子を見る限り、そのことに当人は違和感を覚えていないようだ。


「ところで、本日はどのようなご用件でしょうか。もしや例のアレ、譲ってくださる気になったので?」

「その話は忘れてくれ。今日は別件だよ」


 下着は売らんと言うとるだろうに。

 師匠が不思議そうな顔で俺を見た。


「例のアレって何?」

「うむ、実はですな──」

「言わなくていいから!」


 こっちまで変な趣味の持ち主だと思われたらたまらん。頼むからさっさと話を先に進めてくれ。


 冒険者としてデビューしたので、駆け出し用の装備一式を見繕って欲しい。

 俺はゴルドーにそう頼んだ。

 自分で選びたい気もするが、こっちは右も左もわからぬ素人である。

 ここは魔導具商人のゴルドー、そして霊銀級冒険者の師匠に任せておいたほうが賢明だろう。


「ふむ。クラスをお聞きしても?」

剣魔術師ソードメイジよ」


 ゴルドーが訪ねると、師匠が即答した。

 ギルドマスターには全然通用している気がしなかったが、それでも師匠は、俺の戦闘スタイルを自分を同じ剣魔術師だと認めてくれるようだ。口には出さないが、ちょっぴり誇らしい気分になる。

 とはいえ、もっと精進しないとな。


「ふむ、剣魔術師。少々珍しいですな。となれば・・・・・・」


 ゴルドーは巻き尺を当てて俺の背丈や腕の長さ、手の大きさを測ったり、店の中をあちこち駆け回ったりして、装備一式をかき集めた。


「これは〈不朽〉の魔法付与を施した、魔鋼製の片手半剣バスタードソードです。片手でも両手でも扱え、斬撃にも刺突にも向きます。耐久性を重視した品で、切れ味にはやや欠けますが〈呪文伝導〉にもよく耐えるでしょう」

「〈呪文伝導〉?」

「剣に呪文を込め、斬撃とともに発動させる剣魔術師の奥義です。敵の体内で炸裂する〈火球ファイア・ボール〉がどれほどの威力になるか、想像は難くありますまい?」


 ゴルドーの言葉を聞いて、師匠が感心したように頷いた。

 

「よく知っている。商人なのに」

「商人だからこそ、でございますよ。情報はわたくしどもの命綱でございますれば」


 要するに魔法剣というやつだろうか。

 それは確かに強力そうだし、武器への負担も大きそうだ。そこで切れ味よりも耐久性重視というわけか。

 俺はまだ、その技使えないけど・・・・・・

 

 その後も商談はスムーズに進み、最終的に、装備一式のお値段は金貨八十枚となった。

 まとめて買う分少し安くしてもらったのだが、それでも結構な出費である。所持金は残りおよそ五十枚。まあ、しばらく生活する分には困らないか。


 このたび手に入れたのは〈不朽〉の片手半剣に、同じく〈不朽〉の魔法付与が施された革鎧。

 革は錬金術師ギルドが開発した特殊な薬液によって硬化処理が行われており、柔軟性と防御力を高い次元で両立しているとか。確かに着てみると、ほとんど動きを邪魔しない。

 ちなみに薬液のレシピはギルドの機密らしい。

 鎧の上から着る外套には、〈矢除け〉のルーンが縫い込まれたものを選んだ。と言っても安物であるので、本格的な効果は期待するなとのこと。ゴブリンの投擲程度なら弾いてくれるかもしれないが、エルフの射手に頭を狙われたら普通にブチ抜かれると言われた。

 それから疲労軽減と走力強化の効果を持つ〈駿馬の長靴ブーツ〉。素材は馬型の水棲モンスターであるケルピーの革だとか。

 秘境や迷宮を旅する冒険者にとって、移動能力は極めて重要。懐に余裕のある者ほぼ全員が買っているという。

 最後に、〈雷除け〉の効果が宿った銀製の護符。これは師匠に絶対買えと言われた。

 様々な攻撃呪文の中で、雷撃系は高い殺傷力を持つだけでなく最速の到達速度を誇る。

 大気の中を進む雷の速度は、確か最大で秒速十万キロ。

 そりゃ、見てからじゃ防ぐのも避けるのも絶対に無理ってもんだ。

 そういうわけで、雷撃呪文への対策は非常に重要なのだという。

 こりゃ覚えておいたほうがいいな。

 人間と戦うことがあったら、雷撃系の呪文は効かないと思ったほうがいいかもしれない。

 人間と戦う日なんてものがこなけりゃいいが・・・・・・

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