第14話 初めての魔法

 人間の中には、通常では考えられない驚異的な能力を持つ者がいる。

 いや、異世界ではなく地球の人々の話だ。

 ある画家は、飛行機の窓から数秒見ただけの街の景色を、記憶だけを頼りに細部まで正確に描き上げることができたという。

 またある音楽家は、一度通して聞いただけの曲を、完璧に譜面に起こすことができたという。

 天才というカテゴリーに分類するには少し異質な、ある種の特殊能力者。

 いわゆるサヴァンと呼ばれる人々だ。

 〈ドミネイター〉の影響下にある時の俺は、どうやらそれに近い記憶力を発揮しているらしい。

 〈第一魔法原理〉と〈初級呪文の実践〉。

 昨日たった一度通して読んだだけにも関わらず、二冊の本の内容は細部まで鮮明に思い出せた。

 しかもただ覚えただけではなく、その内容をしっかり理解できているという確かな手応えもある。

 二つの博士号を同時に取れるような気がしてきたぞ。

 そして翌朝──

 二冊とも読み終わった、内容の把握も完璧。

 早く次の段階に進みたい一心でそう言って師匠に本を返すと、案の定というべきか、疑わしげな顔をされた。

 まあ、そりゃそうである。立場が逆だったら俺だって信じない。


「本気? それともものすごくつまらない冗談?」

「いや、本当に覚えた。何ならテストしてくれてもいい」

「じゃあそうする」


 というわけで、テストを受けることになった。


「魔法の主流四系統は?」

「〈力場魔法〉、〈元素魔法〉、〈変性魔法〉、〈召喚魔法〉」

「魔法使いにとって非常に重要で、かつ後天的に鍛えることが難しい二つの能力は?」

「魔素容量と魔素収集力」

「キケロが推奨する六つの初級呪文の習得順は?」

「最初が〈魔法の手〉、それから〈障壁シールド〉、〈魔弾マジック・ミサイル〉、〈灯火ライト〉、〈火球ファイア・ボール〉、〈雷撃ライトニング・ボルト〉」


 以下省略。十問ばかりの質問に、俺はすらすらと答えた。


「むう・・・・・・これは予想外」


 これにはさすがの師匠も驚いたようだ。俺だって自分で驚いている。

 〈ドミネイター〉の力は、ただの催眠とは一線を画するものかもしれない。

 ドヤ顔はしなかった。自分の力じゃないので。


 朝食を片づけて〈番犬亭〉を後にし、俺たちは再び森の中の修行場を訪れた。

 で、今日の修行だが。


「お前はもう、魔法を使うための最低限の知識は持ってる。今から実践に入る」


 修行開始からわずか二日目だが、魔法を使うための訓練がスタートすることとなった。

 胸が高鳴らないと言えば嘘になる。

 魔法は全人類のロマンと言っても過言ではない。それを今から覚えるとなれば、興奮するなというほうが無理ってもんだ。

 しかし浮かれて大失敗はしたくない。

 鍛錬においても実戦においても、魔法使いには常に冷静さと集中力が求められる。〈初級呪文の実践〉の中で、キケロ先生はそう語っていた。

 なので〈ドミネイター〉で自分自身に命じる内容は・・・・・・そうだな。


『冷静沈着に修行をこなし、迅速に魔法を身につけろ』


 こんな感じでいくとしよう。

 自己催眠を行うと、胸の高鳴りが急速の収まった。だが、やる気が消えたというわけではない。浮ついた興奮に取って代わって、明晰で堅固な目的意識が心を満たしている。

 今まで感じたことのない不思議な感覚だった。ひょっとしたら、トップアスリートみたいな人々はこんな気持ちで練習に臨んでいるのかな、などと思う。

 さて、魔法使いへの道の第一歩は、〈魔法の手〉から始まる。

 魔素を制御し、手を触れることなく対象を動かす、もっとも基礎的な力場呪文だ。

 師匠は切り株の上にその辺で拾った小石を乗せ、俺の袖を引っ張って、そこから三メートルほど離れた場所に立たせた。


「魔法を使う時は、明確なイメージを持つことが重要」


 と、師匠は言った。

 “力ある言葉”によって魔素に命令を下す時、その詳細な発動形態は術者のイメージによって変化する。

 つまり同じ呪文でもイメージ如何によって、強くも弱くも、大きくも小さくも、遅くも速くもなる。

 たとえば〈魔弾〉の呪文を唱える時、魔法の矢は何本出現するのか? どれくらいの大きさと威力か? どんな速度でどんな軌道を取るのか? それらは全てはイメージ次第だという。

 呪文だけしっかり唱えても、イメージがあやふやなら発動する魔法も弱く不安定なものになる。

 ちなみにイメージする力の強さや正確さを魔法使い用語では“呪文構成力”と言い、縮めて“構成力”と呼ぶことが多い。


「念動は自分の手の延長線としてイメージするのが一番簡単。石を掴んで持ち上げるところを強くイメージして、完璧に思い描けたら呪文を唱えて」

「了解、やってみる。・・・・・・じゃなくて、やる」


 やるか、やらぬかだ。やってみるなどない、と俺の心の中で誰もが知るあの人が言った。

 師匠に言われた通り、小石に向かって腕を伸ばし、広げた手のひらを向ける。当然、触れるには距離が遠い。

 だが、手を握れば掴めると強く信じ、その感触や重さをもありありとイメージする。


「才能があっても、最初の感覚を掴むのには時間がかかる。根気よくやって」


 と、師匠は言ったのだが──

 行ける。何故だか俺は、そう確信していた。

 俺は完全に小石を持ち上げるつもりで手を握り、“力ある言葉”を唱えた。

 すると──

 唱えられた呪文と俺のイメージに呼応して、眼に見えないエネルギーが空中に渦巻くのがハッキリとわかった。

 これは・・・・・・これが魔素か?

 そう思ったのもつかの間、エネルギーは〈透明な腕〉の形となって前方に伸び──

 ふわり。

 あっさりと、小石を宙に掴み上げた。

 その瞬間、俺は生まれて初めて魔法を使ったのだった。


「・・・・・・信じられない」


 師匠が目を見開き、掛け値なしの驚愕の言葉を漏らした。

 一方俺は、驚きも興奮もせず冷静沈着そのものだった。

 その種の感情は〈ドミネイター〉によって抑制されているためだ。

 後から思えば、かなりもったいないことをしたと思う。初めて魔法を使用した感動、普通に味わっておけばよかった。

 チートに頼った代償と言えるだろう。

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