第9話 霊銀級の冒険者
朝日に照らされるエランディウムの街を歩き、俺は再び冒険者ギルドを訪れた。
朝の早い時間というのもあって、ギルドは昨日来た時よりもさらに閑散としていた。昨日は一応十数人の冒険者がいたのだが、今日は十人ぐらいだ。
だが、今日のギルドはなんだかざわついていた。酒場にたむろす冒険者たちは、小声で囁きをかわしながら、そろってある一方向に視線を向けている。
注目の的になっているのは、受付の前に立つ一人の小柄な少女。
昨日俺の依頼に対応してくれた受付の男と、何やら話し込んでいる。
言い争っている、というほど剣呑な感じではないが、何やら揉めているようだ。
「・・・・・・わたしの認識票が偽物とでも言いたいの?」
柔らかく落ち着いた声音で、少女が問いかける。
淡々とした口調で、強面の受付に対していささかも物怖じするところがない。
「そうは言ってねえ。こいつを偽造できるのは白銀山脈のドワーフしかいねえが、あいつらはそんな仕事引き受けねえってことは知ってるさ」
受付の男はかぶりを振った。
「俺が知りたいのは、聖都の霊銀級がなんだってこんな依頼を受けるのかってことだ。週金貨三枚の仕事なんて、霊銀級がやるような仕事じゃねえだろう」
「報酬に興味はない。ただこの仕事をやりたいだけ」
「そうは言われてもな・・・・・・っと、ちょうどいいところに来たな」
受付の男が俺に気づいて、こっちに来い、と手招きした。
素直に従うことにする。
「何かトラブルでも?」
「まあそうとも言える。昨日お前が出した依頼を受けたいって冒険者が見つかったんだがな・・・・・・」
そういって、受付の男はちらりと少女を見た。
少女が振り向き、こちらを向く。
俺は一瞬、思考がフリーズするほどの衝撃を受けた。
少女はまるで、巨匠が描いた絵画の世界から飛び出してきたような、浮き世離れした雰囲気を身にまとう美少女だった。もし天使や妖精というものが実在するなら、きっと彼女のような姿をしていることだろう。
年の頃は、十三か十四だろうか。肌は雪のように白く、瞳は信じられないほど透き通った碧色。腰まで届く長い髪は、星の光を束ねて紡ぎ出したような銀色だ。
身につけている軽装の防具は非常に洗練されたデザインで、中世の鎧というよりは近代の軍装を思わせる。
軍装を身にまとった天使、あるいは妖精。全体的にはそんな印象の少女だ。
明らかに、こんな場末の酒場・・・・・・じゃなくて、冒険者ギルドには似つかわしくない存在である。
「お前がイサミ・クロノ?」
「あ、うん、そうだけど。君は・・・・・・?」
「わたしはベルフィオナ。お前の依頼はわたしが引き受ける」
そう言って、少女──ベルフィオナは、ポケットから一枚のメダリオンを取りだし、手のひらに乗せて俺のほうに差し出した。
一点の曇りもない、美しい銀色をしている。はてこれはなんだろうかと俺が首をかしげていると、次の瞬間それは淡い光を放ち、
登録名:ベルフィオナ・イスフレイ
ランク:霊銀級
クラス:
レベル:第六階梯
描かれた文字の内容は、以上の通りである。
どうやらこのメダリオン、冒険者の身分を証明する認識票であるらしい。霊銀級の認識票は本物のミスリルによって出来ており、込められた魔法によって名前や能力を表示することができるようだ。
しかし立体映像とは、まるでSFガジェットである。
「見ての通り、霊銀級の剣魔術師。剣も魔法も教えられる。この街にわたし以上の冒険者がいるとは思えないから、さっさと承諾して」
メダリオンを差し出したまま、ベルフィオナがずずいと俺に迫った。
その外見は、とんでもなく美しいということをのぞけば、小柄で細身の少女である。
そんな年頃の少女が、霊銀級──つまり、上から二番目の実力を持つ冒険者だと言われても、普通に考えれば納得できない。
だが、ここは異世界である。ひょっとしたら彼女はエルフみたいに何千年も生きる種族で、見かけ通りの年齢ではないのかもしれない。そう思わせるだけの超然とした雰囲気が、彼女にはある。
見たところ、耳は木の葉型じゃないけれど。
「霊銀級か。そんな人が師匠をやってくれるって言うなら、俺は大歓迎だけど・・・・・・」
ちらりと受付の男のほうを見ると、彼は難しい顔をした。
「実力者すぎるのが問題なんだ。霊銀級の冒険者を雇うなら、週金貨三枚ってのは妥当じゃねえ。相場を考えたら少なくともその十倍は払わにゃならん。お前さん、出せるか?」
げっ、そうなのか。しかし週三十枚なんてとても払えないぞ。
と思ったら、ベルフィオナが口を出した。
「報酬に興味はないと言った。金貨三枚で構わない。別にもっと安くてもいい」
「そういう問題じゃねえ。あんまり相場とかけ離れた仕事をされると、今後の報酬設定に支障をきたすんだよ。・・・・・・だがまあ、一回くらいなら別に見逃してもいいか」
なんだかギルド的に霊銀級を安く雇うのは問題があるようだが、今回は見逃してくれるようだ。
それにしても彼女、いやに熱心に俺の依頼を受けたがっているのは何故だろうか。
まさか俺に一目惚れしたなんてわけはあるまいし、これは何か裏があるかもしれない。いくつか可能性は思いつくが・・・・・・
と、そんなことを考えていると、
「ちょっと待ちな!」
人相の悪い三人組の冒険者が、横から口を挟んできた。
誰あろう、昨日俺に絡んできたカツアゲ集団〈剛傑団〉の三人である。
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