第10話 バー・ファイトはお約束
「おいマスター、霊銀級ってのはそんなガキが簡単になれるくらい程度が低いのかよ? それなら俺様たちがいつまでも無階級なんておかしいじゃねえか!」
〈剛剣のガラム〉は、ベルフィオナが霊銀級という事実が信じられないようだ。
それにしても、王都最強と名乗っていた割には、〈剛傑団〉の三人組は全員無階級らしい。
というか、えっ、マスター? マスターってまさかギルドマスターのこと?
ギルドマスターが受付やってたのか?
王都の冒険者ギルドって・・・・・・いや、それはともかく。
「冒険者の実力を見定めるのは俺の仕事だ。お前らがごちゃごちゃ言うことじゃねえ。くだらんこと言ってないで、ダイアラットかゴブリンでも退治しに行ったらどうだ」
受付の男改めギルドマスターが、呆れた調子で言い返した。
が、〈剛傑団〉は譲らない。
「そうはいかねえ、こんなチャンスを逃せるかってんだ。マスター、今からこのガキと勝負させろ。そんで勝ったら俺たちを神鉄級に昇格させてもらおうじゃねえか。霊銀級より強けりゃ神鉄級、そういうことで文句ねえよな?」
「ないわけないだろアホが。いい加減にしねえとぶっ飛ばすぞ!」
ギルドマスターはそう言って凄んだが、
「わたしは勝負してやってもいい。手っ取り早く実力を見せられる」
意外にもベルフィオナは勝負を承諾し、ちらりと俺のほうを見た。
今から師匠に相応しい実力があるところを見せてくれるつもりのようだ。
「へっ、聞いたなマスター! おいガキ、今さら泣いて謝ってもおせえぞ? ギラン、グルド、やるぞ!」
「おう、ガラムの兄貴!」
「よっしゃあ、これで俺らも神鉄級じゃい!」
〈剛剣のガラム〉が背中から大剣を抜き、〈剛槍のギラン〉が槍を、〈剛弓のグルド〉が長弓を構えた。
どうやら三人で一気に襲いかかるつもりらしい。一対一で倒さなきゃ、霊銀級に勝ったことにはならないと思うんだが・・・・・・こいつらはアホなので、そこまで考えが回らないようだ。
ギルドは突然起こった野良試合に色めき立ち、そこかしこではやし立てる声や、どちらに賭けるかを叫ぶ声で賑わった。
「霊銀級に賭けるぜ! 銀貨五枚!」
「ワシは〈剛傑団〉が負けるほうに賭ける! 銀貨三枚じゃ!」
「俺もあの小さい嬢ちゃんが勝つほうに賭ける!」
「バカ、お前文無しだろ。何を賭けるってんだ?」
「俺の、魂を賭けよう」
「グッド」
しかし〈剛傑団〉に賭ける者は誰もいなかったので賭けは成立しなかった。
信用ねえな、こいつら・・・・・・いや、逆に絶対負けると信用されているのか?
〈剛傑団〉はガラムが前衛、ギランが中衛、グルドが後衛という陣形でベルフィオナに迫る。
ベルフィオナは腰から細身の片手剣を抜き、悠然と待ち構える。
緊張の一瞬。
そして──
ベルフィオナがいきなりうっと顔をしかめ、眉をハの字型にして一歩後退した。
〈剛傑団〉の威圧感に気圧されたから──では、当然ない。
「や・・・・・・やっぱりやめた。お前たち、なんだが酷い臭いがする。わたしに近寄らないで」
「んだとコラァ!!」
「あっ」
すまん、それ俺のせい。
昨日〈ドミネイター〉によって六時間ぶっ続けで便所掃除をやらされた〈剛傑団〉の面々からは、確かにかぐわしいとは言えない臭気が漂っている。
誰だってお近づきにはなりたくないだろう。
「今さら逃げようたってそうはいかねえ! 俺様の剛剣を喰らいやがれ!!」
問答無用とばかりに大剣を頭上に構え、一気に突貫するガラム。
バカな奴ではあるが、重たい鉄の塊である大剣を苦もなく持ち上げる腕力は本物だ。剣の技量はわからないが、腕力に関しては〈剛剣〉を名乗るのに相応しいものを持っているのかもしれない。
「近寄るなって言ってるでしょ」
対するベルフィオナは、掌打を打つような形で、剣を持っていないほうの腕を前方に突き出した。
その瞬間、俺はこの世界に来て初めて本物の魔法というものを目撃した。
ベルフィオナの手のひらから青白く燃え立つ稲妻がほとばしり、〈剛傑団〉の三人をまとめて打ち貫いたのだ。
「「「ぎゃばばばばっ・・・・・・!!」」」
きれいに声をそろえながら、まとめて後方に吹っ飛ぶ〈剛傑団〉。
酒場の椅子やテーブルを蹴散らしながら全員が床に倒れ込み、その体からぶすぶすと煙が上がった。
「ほう、詠唱抜き〈
「オイオイオイ、死んだわアイツ」
見物していた冒険者たちがそんな声をあげたが、さすがに手加減したようで、命まで奪う威力ではなかった。
〈連鎖雷撃〉。一条の稲妻を放ち、複数の敵を次々に貫く高等雷撃呪文。これを無詠唱で使えるものは高位の呪文使いに限られる──というの知ったのは、後々のことだ。
ギランとグルドは気絶したようで床でぴくぴくしているが、さすがはリーダー格というべきなのか、ガラムは驚異的なタフネスでなんとか立ち上がった。
「へっ、へへへっ、大した威力じゃねえな。ただの虚仮威しじゃねえか。こんなんじゃ俺様は倒せねえぜ!」
そう言って再び大剣を構える。
まだ実力の差がわからないのか、単にあきらめが悪いのか、それとも実はめちゃくちゃ根性のある奴なのか、まだ勝負を続ける気のようだ。
「うおおおお──っ!!」
雄叫びをあげて、再度ガラムが突進する。先ほどの光景の繰り返しだ。
疑問なんだが、もう一度魔法を喰らうとは考えないのだろうか?
それとも何度喰らっても立ち上がって、相手の魔力が切れるまで攻撃し続けるつもりだろうか?
そんなゾンビ戦術が可能なのは少年マンガのキャラクターぐらいだ。
ベルフィオナは、今度は剣の技を見せるつもりのようだ。
腰を落として片手剣を構えるその体が、充実した闘気を身にまとった。
そして──
「──ふっ!!」
一閃。今度は彼女自身が一条の稲妻と化し、目にもとまらぬ速さで片手剣を振り抜く。
その瞬間、今までの人生で一度も聞いたことがない、高く澄んだ音が響いた。
それは鋼が鋼を斬り裂く、この世ならざる音だった。
「──なあっ!?」
ガラムが絶句した。
研ぎ澄まされたベルフィオナの剣閃は、ガラムの持つ大剣を半分の長さに断ち斬っていた。
ひゅう、とギルドマスターが賞賛の口笛を鳴らした。
「これぞまさに〈剛剣〉だな」
まったくその通り。鎧ごと人間を真っ二つにできそうな一撃だった。
これを〈剛剣〉と言わずになんと言おう。
斬り飛ばされた刃が回転しながら落下し、床に突き立った。と同時に、ガラムがその場で膝から崩れ落ちた。
「おっ・・・・・・俺様の〈巨人殺し〉があっ!! どうしてくれんだ、まだローンが残ってるのにぃっ!!」
その剣、そんな名前だったのか。というかローンで買ったんだ。
剣がなくなったとあれば、今日限りで〈剛剣〉の二つ名は返上かもしれない。
まあ、自業自得なんだが・・・・・・
ベルフィオナは剣を鞘におさめ、しごく冷静な調子で、
「〈巨人半殺し〉に改名すればいい」
と言い放った。
そういう問題ではない。
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