第11話 自己催眠式修行法

 ベルフィオナ・イスフレイ。

 霊銀級ミスリルの冒険者で、第六階梯レベル6剣魔術師ソードメイジ

 剣魔術師とは、剣と魔法をともに駆使する、いわゆる魔法戦士だ。RPGによっては万能だったり器用貧乏だったりするクラスである。

 ギルドに剣魔術師として認定されるには、剣と魔法の双方で一定の力量を示す必要がある。ただ世の剣魔術師というのは、剣と魔法、どっちかに能力が偏っていることが多いそうだ。

 剣の腕は達者だが、魔法は補助程度。あるいは魔法の力量は高いが、剣の腕は護身術程度。そういう剣魔術師が大半で、双方を高い次元で極めているものは希少なのだそうだ。

 ベルフィオナはどうなのかと言うと、


「わたしは両方得意」


 とのことだった。さして自慢げな風でもなく、ただ事実を語っているだけという調子だった。

 〈剛傑団〉との対決を見た限り嘘ではあるまい。実に頼もしい言葉である。


「じゃあよろしく頼む。ええと、師匠マスター?」


 なんと呼びかけるべきか迷ったが、俺の大好きな某スペースオペラを真似することにした。

 師匠といえばマスター、弟子といえばパダワン。これ常識。


「師匠? ・・・・・・悪くない」


 常に落ち着き払っている彼女だが、俺が師匠と呼ぶとほんのちょっとだけ口元をほころばせた。

 クールで口数は少ないが、案外単純な性格なのかもしれない。

 こうして、ベルフィオナ改め師匠のもとで剣と魔法の修行が始まった。


 師匠の先導で、俺は初めて王都エランディウムの外に出た。

 ゲームなら、街の外にはモンスターが出現するのがお約束である。だがギルドで話を聞いた限りだと、この辺りのモンスターは騎士団によってあらかた駆除されているはずだ。

 最初は少々緊張したが、普通に旅人や行商人などとすれ違うので、どうやら無駄に気を張る必要はなさそうだった。油断しすぎは良くないだろうが。

 街道は幅広く、きれいに石で舗装されており、そこからある程度エランドール王国の豊かさがうかがい知れる。師匠はしばらく道なりに進んだ後、街道をそれて近隣の森の中に入っていった。

 さらに少し歩くと、いくつかの切り株が並ぶ少し開けた空間にたどり着いた。どうやらここで修行を行うらしい。周囲に人影はなく、街道からは木々が目隠しになって見えない。それなりに動き回るスペースがあり、確かに集中して体を動かすにはちょうど良さそうだ。


「イサミ。まず最初にひとつ聞いておく」


 出し抜けに師匠が言った。


「普通の鍛錬と厳しい鍛錬、どっちがいい?」

「うん? そりゃ・・・・・・なるべく早く強くなれるほうで頼む」


 俺は深く考えることなくそう答えた。

 時間も金貨も有限の資産だ。だらだら修行して無駄に食いつぶすつもりはない。

 そう思っての選択だったのだが、あとから考えればこれは地獄の釜の蓋を開く一言だった。

 まあ、その分早く強くなれたので、結果的には良かったのだが・・・・・・


「わかった。厳しいほうで行く」


 師匠は小さく頷いた。

 それからその辺に転がっている大ぶりな木の枝を二本拾い、小さい声で何かを唱えた。すると見る間に枝が形を変え、二本の木剣になった。そのうち一本を手渡される。


「剣聖ジェイド・スタークの有名な格言を知ってる?」

「・・・・・・いや。不勉強で悪いけど、聞いたことがない」

「そう。なら教えてあげる」


 師匠は木剣の切っ先をこちらに向け、


「生と死の狭間こそ戦士をもっとも成長させる場所である」


 何やらさらっと恐ろしいことを言い出した。


「わたしが何を言いたいかわかる?」

「ええと、まさかとは思うけど・・・・・・今から俺、その生と死の狭間ってところに行かされる感じなんですかね?」

「大正解」

「マジかよ!」


 大正解、じゃないがな!

 いかん、何か自分が致命的な間違いを犯しているような気がしてきた。

 しかし今から優しいほうにしてくれ、なんて言う気はない。今の俺にとって、成長は義務で、急務なのだ。

 それに鍛錬は厳しければ厳しいほど、〈ドミネイター〉の性能を知る良い実験になるかもしれない。


「すまん、ちょっとだけ待っててくれないか? 覚悟決めてくるから」


 そう言って俺は師匠から少し離れ、背を向けた。

 スマホを取り出し、〈ドミネイター〉を起動する。

 催眠をかける相手は、もちろん師匠ではない。

 だ。

 俺は画面に表示された魔法陣を強く見つめ、己にこう語りかけた。


『お前はどんな修行も苦もなくこなす天才だ。最大の集中力と学習能力をもって、能う限りの早さで成長しろ!』


 これこそ俺が思いついた、戦闘能力の不足を解消できるかも知れないアイディアである。

 最初はただ、『お前は天才だ。最速で成長しろ』と命じるつもりだった。

 だがそこに、『どんな修行も苦もなくこなす』という文面を付け加えておいた。

 こうすれば修行の辛さを感じずに済むかも知れない。

 ヘタレと言わないでほしい。そんなこと自分でもわかってるから。

 さて。

 果たして〈ドミネイター〉で自分自身を操ることは可能なのか。

 可能だったとして、この催眠にどれほどの効果があるのか。

 俺は生き延びることができるか?

 答えを知るには、とにかくやってみるしかない。

 俺はスマホをしまい、木剣を手に師匠に向き直った。


「オッケー、覚悟完了だ。遠慮なくやってくれ!」


「わかった、遠慮なくやる。大丈夫、わたしは治癒呪文も使える。少なくとも死ぬことはない」


 師匠のありがたい言葉とともに、地獄の修行編がスタートした。

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