第1話 異世界の勇者たち
お前はどんな人間だ? と誰かに聞かれたら、ごく普通の会社員だ、と俺は答える。
あんまりカッコいい答えとは言えないが、事実なんだからしょうがない。
俺、
自分は選ばれた存在であるとか、特別な才能があるとか、そういう思春期にありがちな思い込みは十年以上前に卒業した。
卒業したよな?
卒業しているはず。
したという設定で話を進める。
そりゃ、大人になった今でもバトル漫画やアクション映画は大好きだ。
超人的な能力を持ち、悪党やモンスターをバッタバッタと薙ぎ倒していく主人公を見ると、やっぱりどうしても憧れを禁じ得ない。
だが同時に、自分がそんな存在になることは絶対にあり得ないってことも理解している。
平凡な家庭に生まれ平穏な人生を生きる、どこにでもいる普通の会社員。
座右の銘は日日平安。
それが俺だ。
今までは、ずっとそう思っていたのだが・・・・・・
そこは大聖堂を思わせる、荘厳な円形の広間だった。
気がつくと俺は広間の中央、広い床に描かれた魔法陣らしき図形の上に立っていた。
ぼんやりした頭で、なんかファンタジーゲームのステージみたいでカッコいいな、などと思う。
だが次の瞬間には我に返り、そんなのんきなことを考えている場合ではないと気づいた。
ここはどこだ? 俺はなんだってこんなところにいるのだ?
いつものようにスマホのアラームで目を覚まし、身支度を整えて、出勤のために家を出たところまでは覚えているのだが、そこから先が思い出せない。
「おお──まさしく伝説に謳われた通りの光景だ!」
なんとか記憶を掘り起こそうとする俺の思考を、興奮した叫びが遮った。
豪奢な王冠とマントを身につけ、大粒の宝石でゴテゴテにデコった王笏らしき杖を携えた初老の男が、目を輝かせてこちらを見ている。
その傍らには鎧を身につけた衛兵らしき人々が控えており、彼らの手にはちょっと偽物には見えない輝きを放つ剣や槍が握られている。
一体何者なんだこいつらは。
とびきりヤバいカルト集団にでも誘拐されたのか?
それともめちゃくちゃ気合いの入ったコスプレパーティーの会場に迷い込んでしまったのか?
後者だったら嬉しいんだが。コスプレは嫌いじゃない。それにコスプレイヤーというのは、おおむね陽気で平和的な人々だ。
俺は半ば現実逃避気味にそんなことを思った。
「よくぞ我が王国へ参られた、選ばれし異世界の勇者たちよ。余はエランドール王国国王エドムンド六世。そなたらの来訪を心より歓迎する!」
混乱の極みにある俺を、初老の男はさらなる爆弾発言で追撃した。
頼むからもうちょっとインターバルを入れてくれ、頭がどうにかなりそうだ。
エランドール王国という国も、エドムンド六世という名前も聞いたことがない。
それに、異世界の勇者だって?
何が何やらわからないが、猛烈に嫌な予感だけはする。
「異世界の勇者って、一体誰のこと・・・・・・ですか?」
「──それはもちろん、あなた方三名のことでございます」
思わず口をついて出た俺の言葉に、美しく穏やかな女性の声が答えた。
衛兵たちの間を抜けて、一人の女性が現れた。呆然と立ち尽くす俺の前に進み出ると、優雅な仕草で一礼する。
「初めまして、勇者様。わたくしは聖女レノアと申します。勇者様の導き手を務めさせていただく者です」
俺は思わず息をのんだ。
アイドルでも女優でも、こんな美人は見たことがないというほどの美貌の持ち主だ。
純白のローブに身を包んだその姿は、さながら女神。
あまりにも完璧すぎるので、なんだかちょっと恐怖すら感じるほどだ。
遠くから見ている分にはいいが、近づきたくはない。そんな感じの、今まで出会ったことがないタイプの女性だった。
って、それはいいとして・・・・・・
何やら聞き捨てならない台詞を聞いた。あなた方三名だと?
俺は辺りを見回し、そこでようやく、俺の他にも二人の人間が魔法陣の上に立っていることに気づいた。
一人は少年で、一人は少女。中学生か高校生かはわからないが、どちらも学生服を着ている。
今まで一言も喋らなかったから気づかなかったが、突然こんな状況になったら思考停止するのも無理もない。
とりあえず、コミュニケーションが成立するか確かめねば。
「君たちも俺と同じか? つまり、日本で生活してて、気がついたらここにいたのか?」
「お、おう。その通りだ」
「あの・・・・・・わ、わたしもそうです」
二人は未だ混乱のさなかにあったようだが、問いかけにはなんとか答えてくれた。
俺だって未だに混乱しているが、自分より年下の人間、それも子供が不安げにしているのを見ると、俺がしっかりしなければという気持ちが湧いてくる。
ともかく情報を収集し、状況を整理する必要がある。
ここはどこなのか? 俺たちは何故ここにいるのか? 勇者とは何なのか?
わからないことだらけじゃ、次にどうするべきかも決められない。
今この場で質問に答えてくれそうなのは、勇者の導き手とやらを名乗った女性だ。
「えーっと、レノアさん? いろいろと聞きたいことがあるんだけど・・・・・・」
「もちろんです。勇者様にとっては全てが突然のことでしょうから、混乱されるのも無理はありません。順を追ってご説明させていただきますので、どうかわたくしどもの話を聞いていただけないでしょうか?」
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