第3話 何の能力も無いようです

 不興を買う恐れはあるが、どうしても一つ、聞いておかねばならないことがある。

 ずばり、俺たちはもとの世界に帰れるのか? ということだ。

 とはいえストレートに魔王なんか知らん、さっさと元の世界に帰せ、なんて言ったら今後の関係に支障をきたしかねないので、オブラートに包む必要がある。

 相手の言い分を認めつつ、こっちの要求を通す。口で言うほど簡単なことじゃないのだが、なんとかやっていくしかない。


「事情はだいたいわかった。けど、俺たちみたいな一般人が勇者として召喚されたのは何かの間違いだとしか思えない。俺たちをもとの世界に帰して、別の勇者を召喚するってことはできないのか?」


 意を決して尋ねると、聖女はかぶりを振って否定した。


「勇者召喚は世界のことわりのもとに為される奇蹟。帰還もまた然りです。そのどちらも、我々人間の領分ではございません。勇者がもとの世界に帰還できるのは、魔王討伐の使命を果たした時のみと伝えられています。それ以外の方法でこの世界を去った者を我々は存じ上げません」


 何やら抽象的な言い回しだが、要するに勇者を召喚することも、もとの世界に帰すことも、彼らには不可能らしい。

 春が来れば花が咲き、冬が来れば雪が降るように、魔王が現れれば勇者が召喚され、その使命を果たすまで帰還することはできない。それがこの世界のルールだというのだ。

 誰が決めた理なのか知らないが、実に迷惑な話である。

 それならせめて、俺みたいな一般人パンピーじゃなくて筋肉モリモリマッチョマンの変態を召喚してくれよ!

 いや別に変態である必要はないけど!

 心の中でそんな叫びをあげていると、


「俺が勇者なら、召喚された時に何かのチート・・・・・・っていうか、特殊な能力スキルを授かってるはずだ。そうじゃないか?」


 今まで黙っていた一輝少年が、思いも寄らないことを言い出した。


「おっしゃるとおりです、カズキ様。過去に召喚された勇者は例外なく、この世界に来た時に強力な固有能力ユニークスキルを授かったと伝えられています。皆さんにも同様の力が宿っているはずです」

「ははっ、やっぱりな! それじゃあ、俺たちの能力を調べる魔法か道具アイテムなんかもあるよな?」

「はい、過去の勇者が作製した能力鑑定の魔導具マジックアイテムがございます。今お持ちしますので、この場で皆様の能力を鑑定いたしましょう」


 聖女が目線で合図を出すと、兵士の一人が頷いて部屋を退出した。その魔導具とやらを取りに行ったのだろう。

 何やらトントン拍子で話が進み始めた。


「・・・・・・なんだか、俺よりずっと状況を理解してるみたいだな」


 俺がそう声をかけると、一輝は得意げな、というより半ば見下すような笑みを浮かべた。


「へっ。こんなもん常識だろ、オッサン」


 えっ、そうなの? マジで?

 俺の中では、異世界に召喚されるってこと自体が常識を遙かに超越した怪奇現象なんだが。

 というか、二六はまだオッサンと呼ばれる年齢ではない。はずだ。

 ほどなくして戻ってきた兵士が、何か石版のようなものを聖女に手渡した。色は黒で、大きさはタブレットぐらい。表面に文字や模様の類はなく、つるりとしている。


「これは過去の勇者によって創られた、勇者の能力を鑑定するための魔導具です。そうですね、まずはカズキ様から鑑定していただきましょう。手に持っていただければ、それだけで能力の詳細が示される仕組みになっております」

「わかった、早く貸してくれ!」


 待ちきれない、という様子で一輝が石版を受け取る。

 すると手を触れた瞬間、石版に白い光で文字のようなものが浮かび上がった。

 それは見知らぬ文字だったが、不思議なことに書かれている意味はわかった。

 というか今さらだが、異世界の人間である聖女とも普通に言葉が通じている。

 これも勇者の能力の一部なのだろうか。そりゃ、言葉と文字がわからない状態で召喚されたら魔王討伐どころじゃないが。

 それはともかく──

 『武器の支配者』。それが一輝の授かった固有能力の名前らしい。

 効果は、あらゆる武器を手にした瞬間に練達マスターできるというもの。

 つまり剣を握れば剣の達人に、槍を握れば槍の達人になれるというものだ。この世界に存在するのかは不明だが、銃があれば銃の達人にもなれるのだろう。戦車や戦闘機の操縦も同様かもしれない。

 一見すると凄い能力のように見えるが、しかし・・・・・・


「素晴らしい能力です、カズキ様! まさしく勇者に相応しい力ですわ」

「お、おう、まあな! まあ悪くはないな」


 聖女が一輝に向かって、花のような笑顔を向けた。一輝はなんでもない態度を取ろうとしているようだが、面白くらい顔が真っ赤に染まっている。まあ、男子高校生がこんな美人に賞賛の笑みを向けられたらこうなるのも無理はない。


「次はマユ様、お願いいたします」

「・・・・・・は、はい」


 次は真優に石版が手渡され、先ほどと同じように光の文字が浮かび上がった。

 村瀬真優の固有能力は『魔力の泉』。膨大な魔力を蓄えることができ、また使用した魔力が高速で自然回復するという、いかにも魔法使い向けの能力だ。

 RPG風に言うなら、最大MPがめちゃくちゃ高くて、その上毎ターンMPが回復するって感じか。


「剣士に魔法使いか。まあ、定番テンプレっちゃ定番テンプレだな」


 一輝はわけ知り顔で頷き、


「マユ様も素晴らしい能力をお持ちですね。さすがは勇者様です!」


 聖女はニコニコと微笑んでいる。

 まずいな、どんどん魔王と戦う方向に話が行ってしまっている。

 思わず場に流されてしまいそうになるが・・・・・・くそっ、やっぱりどう考えてもこのまま見過ごすのはダメだろ。


「ちょっと待ってほしい、レノアさん。いくら凄い能力を持っていても、この二人はまだ子供だ。そっちの事情も理解出来るが、子供を戦いに行かせるなんてやっぱりダメだ」

「はあ? おいオッサン、何勝手なこと言ってんだよ?」


 すっかりその気になっていたらしい一輝が真っ先に抗議したが、俺は無視した。

 相手が人間じゃないってだけで、魔王との戦いはどう言い繕っても戦争そのものだろう。

 誘拐同然につれて来られた子供が、こいつらの事情で戦場に行かされるのを黙ってみているわけにはいかない。

 それが普通の会社員ってもんだ。

 この世の理なんざクソ喰らえだ。


「どうしてもその・・・・・・勇者とやらの力が必要なら、この二人の分も俺が戦う。それで勘弁してくれ」

「んなこと誰も頼んでねぇよ!」

「・・・・・・」


 一輝は俺の提案が気に入らないようだ。

 真優はうつむいていた顔をあげて俺を見た。

 俺の言葉に何を思うのか、聖女レノアの顔には相変わらずの微笑が浮かんでおり、その内側にある感情は謎めいていて見通せそうにない。


「まずは、イサミ様のお力を鑑定させてください。後のことはそれからお話しいたしましょう」


 確かに、俺の能力がものすごくショボかったらこの話は成立しない。

 だが逆に、一人で魔王を倒せるくらい強大な能力が与えられていれば子供を戦場に出さずに済むし、この世界の人々も救われる。そうなりゃ万々歳だ。

 俺は祈るような気持ちで石版に触れた。

 一秒、二秒、三秒が経過し──

 しかしいくら待てども、石版に文字が浮かばない。


「まあ・・・・・・なんということでしょう。まさかこんなことが・・・・・・」


 聖女は笑顔を引っ込めて、神妙な表情を浮かべた。

 これって、あれか。

 まさかそういうことなのか。

 おいおいおい、人を喚んどいてふざけんなよ!


「──イサミ様、どうか落ち着いてお聞き下さい。どうやら貴方には、何の能力も無いようです」


 天使が通り過ぎるというやつか。しばしの間、痛々しい沈黙が応接間を満たした。

 そして、不意に一輝が吹き出した。


「・・・・・・ぷっ。“俺が戦う”とかカッコつけといて無能かよ。ダサっ」


 くそったれ、こんな世界大嫌いだ。

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