第7話 剛傑団登場

 間もなく日が暮れようとしている。

 通りの人影はまばらになり、俺はやや早足で、ゴルドーに教えてもらった宿屋〈番犬亭〉に向かっていた。彼いわく宿泊料は多少高いが、警備がしっかりしていて安心して泊まれる宿だそうだ。百枚以上の金貨を抱えて隙間だらけの安宿には泊まりたくないので、そこをチョイスした。

 王都の治安は悪くないようだが、それでも日本みたいに、真夜中でも安心して出歩けるということはあるまい。特に今は、懐に大金を抱えている身である。暗くなる前にさっさと部屋を取ってしまいたい。

 そう思って先を急いでいたのだが──


「おう、そこのお前、待ちな!」


 あと少しで宿に到着するというところで、横道から三人の男たちが飛び出してきて道を遮った。

 全員、もれなく人相が悪い。いかにもその辺のチンピラといった感じの風体だ。


「なんなんだ、あんたたち。もしかして強盗か?」


 つい口が滑って、ストレートな質問が出てしまった。


「あァん? 人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ! 俺様たちは冒険者だ!」


 真ん中の男が凄んだ。左右の二人も威嚇するような目線を向ける。

 

「俺様はガラム。人呼んで〈剛剣のガラム〉!」


 いや、知らんがな。


「俺はギラン。〈剛槍のギラン〉だ!」

「そして俺がグルド。〈剛弓のグルド〉じゃい!」

「「「王都最強の冒険者パーティ、〈剛傑団〉とは俺たちのことよッ!!」」」

「はあ、そっスか」


 三人の声がきれいにそろった。この名乗り、練習したのかな・・・・・・

 思わず気のない返事が出る。

 今しがたギルドで、王都には大した冒険者はいないと聞かせてもらったばかりである。

 なので王都最強と言われても、あまり凄そうな感じはしない。

 そもそもこいつらが本当に王都最強かも不明だ。


「お前、戦闘の師匠を探してるらしいな? その依頼、〈剛傑団〉が引き受けてやろう! ありがたく思え!」


 そう言われて、俺は気づいた。そうか、こいつらギルドの酒場でたむろしていた連中か。

 俺の話を盗み聞きして、依頼の押し売りに来たのだろう。王都にはろくな冒険者がいないって、受付の男が言っていたのはどうやら本当らしい。


「ただし、王都最強の俺様たちを雇うのに週金貨三枚じゃあちょいと足りねえ。週金貨十枚、それも一人につきだ。この条件を飲めるなら請け負ってやるぜ?」


 請け負ってやるぜ、じゃねえよ。そもそも頼んでないって。

 訂正、こりゃ押し売りじゃなくてカツアゲだ。相手にしていられん。


「いや、結構です。それじゃさよなら」

「あァん!? 聞こえねえなあ!」


 俺は逃げ出した。

 しかし回り込まれてしまった。

 どうやら首を縦に振るまで付きまとうつもりらしかった。

 どうするかな。大声出して衛兵に助けを求めれば、こいつらも逃げ出すかもしれないが・・・・・・

 いや、どうせなら〈ドミネイター〉の実験に付き合ってもらおう。

 俺はゴルドーに対して〈ドミネイター〉を使用し、買い取り金額を大幅に吊り上げることに成功した。だがゴルドーは、最初から俺の出した品物を買う気満々だった。つまり相手を操ったと言っても、完全に意に反することをやらせたわけではない。

 では、本人が絶対にやりたくないと思っていることを命令した場合どうなるのか?

 たとえば・・・・・・そうだな。世界一の守銭奴に、全財産を慈善団体に寄付しろと命じたとする。

 その場合、そいつは素直に命令に従ってくれるのか?

 それとも、気合いで命令に抵抗できるものだろうか?

 この辺はしっかり実験して、把握しておかなければいけないと思う。でないと、いざという時に命取りになりかねない。

 良い機会なので、こいつらで試させてもらおう。

 俺はドミネイターを起動し、〈剛傑団〉の三人に向けた。

 さすがに『死ね』とか『互いに殺し合え』とか、そこまでひどい命令をする気はない。だが、ちょっとは痛い目にあってもらうつもりだ。


「くだらない悪事はやめて、何か人に感謝されることをやったらどうだ。そうだな、街じゅうの便所をピカピカに掃除するとかいいんじゃないか?」

「んだとォ・・・・・・!?」


 ゴルドーとの取引とは違って、万に一つも素直に従うなんてあり得ない内容の命令だ。

 スマホの画面に吸い寄せられた三人の目が大きく見開かれた。

 はてさて、結果はどうなるか──


「まったくその通りじゃねぇか! なんでもっと早くそれを言わねぇんだ! お前ら、時間を無駄にしてないで今すぐ行くぞ!」

「おう! 便所ども、ピカピカにしてやるから待ってろよ!」

「よっしゃあ、掃除だ掃除だあ!!」


 どうやら〈ドミネイター〉の強制力はかなりのものらしい。

 〈剛傑団〉一行は、もはや俺には目もくれずに颯爽と駆けていった。

 後に世界一の便所掃除屋と呼ばれることになる〈剛傑団〉。これがその伝説の幕開けだった──

 なんつってな。

 残念ながら、効果は六時間で切れてしまう。彼らが一生を便所掃除に捧げることはない。

 それにしても・・・・・・

 俺は〈ドミネイター〉の画面に目を落とした。

 ひょっとして。ひょとしてだが──

 魔王のもとにさえたどり着ければ、『死ね』の一言でケリがつくんじゃないか?

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