第31話 元カノ
「たっけぇアイスだな。ガ〇ガリ君を見習えよ」
金髪で目つきの悪い男=六股君は、隣で歩いている香奈の手元を見ながら言った。香奈はカップに入ったキャラメルリボンのアイスをプラスチックのスプーンですくって、口にせわしなく運んでいる。酷い暑さのせいで溶けてしまうのが気に入らないようだ。
「え? この味があの値段よ? 高くないって、ぜんぜん」
「いや、それ俺の金な。俺のバイト代な」
「はいはい。ごちそうさまです。少しいる? はい、あーん」
香奈が差し出したスプーンの端を、六股君は遠慮がちに咥えた。甘くて冷たくて濃厚な味わいが口の中に広がる。
――確かにウマイけど。
香奈は、六股君が咥えたスプーンで、もう一度アイスをすくって食べた。もう無くなってしまいそうだ。名残を惜しむ香奈の気持ちが、手に取るように伝わってくる。だが、その表情は曇って見えなかった。多分、今はこんな顔をしているはずだと、六股君は想像する。見えない分を、六股君の記憶が補完するような形で会話が続く。いつも見ている顔なのに、今日は変だなと思った。
香奈は、空になったカップを潰した。
「ねえ、今度旅行しない?」
「唐突だな。旅行ってどこに?」
「私、海が見たいな」
「海か、泳ぎたいの?」
「どっちでもいいかな」
「香奈の家、泊りだと厳しいだろ? 日帰りで行くか」
「いいねぇ、日帰り。始発に乗っていけば、どこまでいけるかな」
香奈はスプーンを咥えたままだ。六股君は、潰された空のカップを香奈の手から受け取った。ゴミ箱を見つけたら、代わりに放り込んでおくつもりだ。
「そうだなぁ……。俺もあんまり詳しくないから調べるか。ええっと海、海、海が綺麗……」
六股君は立ち止まってスマホをいじくった。香奈が画面を覗き込んでくる。香奈の頭がスマホを隠してしまうので、操作しづらくなった。
検索結果では、離島の海を表示するものが多かった。海の透明度が高く、砂浜も綺麗らしい。香奈はため息をついた。
「遠いねぇ……日帰りじゃ無理じゃん」
「わかんねぇぞ、ひ、飛行機乗ったらいいんじゃね? 日帰りでいけるんじゃね?」
「じゃあ、調べてよ」
「オッケイちょっと待ってくれ。ああ! 電池が切れそう! 香奈のスマホ貸してくれ」
「いやです」
「なんで?」
「ちゃんと調べてよ。明日でいいからさ。旅行スケジュールを紙に書いてさ、私に見せてよ」
「はあ? 何それめんどくせぇ。ラインで送るよ。それでいいだろ?」
「わかってないなぁ……」
香奈は、腰に手をあてて胸を張った。
「面倒くさいを楽しむのが旅なんだ。そこから旅は始まっているんだと思えたら、すっごくお得でしょ? 日帰りなら尚更だ。しっかりとした計画がないと、とても達成できないぞ!」
「じゃあ、香奈も手伝えよ」
六股君は、ぶっきらぼうに言ってから、ズボンのポケットにスマホを仕舞い込んだ。電池のなくなったスマホほど、要らないものはない。
香奈は言った。
「もちろん私も手伝います。あ、山もありかなぁ……」
「おい、マジで言ったか?」
「え? いや、ごめんなさい。取り敢えずは海で計画練りましょう!」
――いい加減な奴。
香奈に初めて会った時も、そんな印象を抱いていた記憶がある。コロコロ、コロコロ発言が変わる。軽い奴だと思っていたが、いつしか、小さい事を気にしない、何でも話せる「いい奴」に変わったんだ。あれは、いつ頃の事だろう……。
――いつだ?
――――いつだ?
――――――いつの頃だ?
――――!!!!!
「――あ、あぶねぇ!!! 意識飛んでたぁ!!」
六股君は、瞬きを繰り返した。火花が飛んだように、視界がチカチカとする。朦朧としていたようだ。
久しぶりに香奈を思い出した。元カノだが、とても仲の良い時期の二人がいた。そんな映像が流れてしまったということは――。
「そ、走馬灯? 俺、ヤバいのかぁぁ!!」
横方向に強い力を食らって、倒れそうになっている。身体中で情報の伝達が
――誰の仕業だ? そうだ、あいつだ。あの青い髪。
その男は突然現れた。
六股君は、気合で大地を踏みしめる。歯車が敵を察知して回転しているが、首の辺りを狙われた。その部分は
「どこいった?」
六股君が振り返ると、駆け抜けた男の背中が見えた。青い髪をして大剣を担いでいる。
――あいつだ。あいつにやられた。
男は見事な手綱さばきで地竜を反転させた。
そこへ他の
「あいつは第十一書記のゲヘナだ。地竜はあいつの手足だと思え。おや? 大丈夫か
透明な騎馬を操って
「ああ、大丈夫。ちょっと殴られた上に睨まれて、どうしようかと悩んでた」
「大丈夫なら結構だ。現状の報告だが、ゲヘナのせいで、この右軍は北と南に分断された。それぞれ囲まれて徐々に戦力を失いつつあるようだ。特に北が危ない。二倍以上の敵兵力を相手している」
「お仲間からの連絡があったの?」
「そうだ。応援を求めている。事態は一刻を争うぞ」
「ダストンさんに頼んで、雪の精霊を追加なんて出来ないの?」
六股君が歯車だらけの顔を雪男に向けると、雪男は、大きいが一つしかない目玉を細めてため息をついた。甘い香りが一瞬した。
「エール酒のおかわりのように言うな。霊峰エデンザグロースから雪の精霊を借り受けているのだ。無限ではない。有限だ。これ以上精霊を失っては霊峰の怒りを買ってしまうぞ」
「なるほど~、そりゃ、なんとかしないとだね……」
六股君は、エール酒とは何だろうと考えた。おそらく、アルコールの一種なのだろうが、そもそも酒は飲まないので、例えに使われても理解できない。それよりも気になったのは他の言葉だ。
――山から精霊を借りてるの? んで怒るの……、嘘でしょ?
この世界の常識は、六股君には分からない。いや、むしろ首尾よく順応しているほうだろう。
とにかく軍が大損害を被っていると言われても、どうしていいかなど自分には分からない。突っ込んで暴れる予定しか立ててないし、カティアもそれでいいと言っていた。なので――、六股君は思考を早々に停止した。騎馬上の雪男を見つめる。
「雪男さんは、どうしたらいいと思う?」
ダストンにそっくりな雪男は、六股君を見た。
「その、雪男というのを止めてくれ。私も君を、
「オッケイ……、じゃあ俺は六股って呼んでくれ。えっと雪男さんは……」
「私はビーレイだ。霊峰に通ずる次元の門を数百年にわたって守り続けてきた一族の者だ。ちなみにダストンの叔父だ」
「ダストンさんの叔父さんでしたか……、どうりで、その……」
「その……なんだ?」
「そ、そっくりだな~って」
ビーレイの口が歪む。怒っているのではない。むしろ喜んでいるような気がする。
「では作戦を、ささっと伝えるぞ六股」
「ウイッス」
「お前は北へ行って、敵兵を出来るだけ殲滅しろ。細かい事はいい。目についた敵をとにかく狩りまくれ」
「う、うん」
「私は次元の門を召喚して、ゲヘナと周囲の竜騎兵を霊峰に幽閉する。そこは極寒の世界だ。備えなく放り込まれたら、我々以外の生命体は一様に活動を停止する――」
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