第45話 明るいけど根暗

 ◼️◼️とある城内◼️◼️


 絢爛けんらんに飾られた玉座の間からテラスに抜けようと、長い銀髪の女は一心不乱に走っている。白い神官着の裾を引きずっており、お付きの者かと思われる背の低い童顔の女が、踏まないように気を付けながら後を追いかけている。


「ああ、もっと頂戴! 太陽光をもっと頂戴!」

「……メロルートさま。どうしたんですか? いつも落ち着きがありませんが、今朝は私でもびっくりのお慌てよう。ついに気がふれましたか?」

「不安で不安で仕方ないのよ! こんな時は太陽光をいっぱいに浴びて、セロトニンをドバッと出さないと落ち着かないのよ!」

「せ、セロトニンとは一体……?」

「うるさい! とにかく私には、太陽光が必要なの。曇ってるから、何とかしなさい!」

「……メロルートさま。残念ながら私めに天候を操る力は御座いません」

「まったく使えないわね! もういいわよ!」

「申し訳ありませぬ。メロルートさま……」


 テラスに抜けると、ちょうど雲が途切れて光が射し込んだ。メロルートを追いかけていた第四書記のコラダは、これでメロルートの機嫌が直るだろうと、胸を撫で下ろした。


「んんっ……、きもっちいい! 最高よ! 太陽最高! 出てきた出てきたセロトニン! 落ち着くわ! とっても落ち着くわ!」

「それはよかったですねぇ……」


 メロルートは石造りの柵に腰をかけた。その様子は、絶世の美女をモチーフにした絵画のよう。


「カティアがニーチェを取り逃がしたのよね?」


 とメロルートが訊いた。コラダは「はい」と答えた。


「もう、なんであの娘は詰めが甘いのかしら? 腹が立つわ。おかげでよく眠れなかったわ」

「それはお気の毒で御座います。メロルートさま」

「本当にあの娘を信用していいのかしら?」


 コラダは眩しげに空を見上げる。


「さあ……どうでございましょうか……。第十三書記のカティアは、まだ書記になって数ヶ月。荒れ地を統治するために、先代の王が無理矢理に設けられた役職ですからなぁ……、正直、信用もくそもないかと……」

「コラダ……。この気持ちよい陽光を浴びているのに、よくもまあ、「くそ」だなんて汚い言葉が出ますわね。恥を知りなさい」

「これは失礼しましたメロルートさま。しかしカティアについては、メロルートさまの方がお詳しいでしょう? 一体どういったカラクリで、契約もせずにあやつめを顎で使っておられるのですか?」

「それは簡単よ……」


 と言って、メロルートはコラダを見た。


「彼女のお父様を生き返らせる約束をしたのよ」

「ははぁ、なるほど」

「馬鹿な女よね」

「確かに」


 二人の女は、お互いにしか分からない理由で笑うが、誰が見ても意地悪な笑みだ。


「私が起こす蘇生の奇跡は肉体のみ、魂までには及ばない」

「はい。いかにメロルート様でも、異界に召された魂の召喚は出来ませぬ。そんなことも知らぬとは、第十三書記は、よほどの愚か者でございますな」

「……でもねぇ」


 言いながらメロルートは眉間にシワを寄せる。薄い雲が太陽を隠そうとしていた。


「カティアは、降霊術を使うようなのよね」

「降霊……何ですか、それは?」

「ようは、魂を呼び戻すのよ」

「なんと! それは凄い」


 コラダは一歩後ずさった。


「それでは、メロルート様の奇跡と、カティアめの降霊なんやらが合わさると、死者が生き返るということに……」

「そういうことになるわよねぇ~」


 不機嫌にメロルートは言うが、雲が通り抜けて、また太陽が射してきた。コラダは怯えた声を出す。


「それはいけませぬ。そんな事が可能になってしまえば、世界の秩序が滅茶苦茶になってしまいます。万人が願うでしょう。死者の生き返りを」

「でもカティアは本気みたいよ。近くに父親の遺骨を常に置いているみたい。この時代に、私とカティアが、同時に生まれてしまったのが、不幸の始まりね」


 コラダは、嫌な汗をかいているのに気がついた。


「メロルート様。もしカティアが約束通り、南の脅威を取り除き、喪失武器ロストウェポンを全員殺す事が出来たなら、その時はどうされるのですか?」

「そうねぇ……」


 メロルートはテラスから眼下を見る。城に纏わりつくように、美しい街が拡がっていた。


「私は神官よ。死者が生き返るなんて神への冒涜だわ。勿論そんな事はさせません。カティアが対象を全員抹殺したあかつきには……」

「…………」

「もはや障害はありません。私が王となり、バースの大法典に、書き込んであげる」

「な、なんと書かれるのですか?」


 コラダは、邪悪に歪むメロルートの顔を見てしまった。第一書記のメロルートは、他にも高位の神官という肩書を持つ。神職に就くその顔が、邪悪に歪むことなどあってはいけないが――。


「魂をもてあそぶなかれ――と」

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