第43話 玉座を捨てたのか?
僕達のご先祖様は、偉大な魔術師だった(らしい)。ご先祖様は呪文を唱えて、自分を武器に変化させた。その威力は災害よりも深刻で、地形を簡単に変えてしまったそうだ。
僕達の血は濃い。
まるでご先祖様の生まれ変わりのように、同じ色らしい。
だから呪文を唱えると、血が反応して革命を起こす。僕達はそうやって
「オイこらぁ! 先生を離せ!」
なりふり構わずといった感じで、六股君が先生の元へ駆け出していく。十秒もあれば辿り着く距離だが、カティアがすぐに止めろと言った。契約の力が働いて、六股君の足が縫い付けられる。
「くそっ、カティア! 俺を自由にしてくれ!」
「六股君。装甲が解除されたんは、私が取り乱したせいや。先生はすぐに取り戻すから、ちょっと辛抱して」
カティアは冷静さを取り戻した。
「ニーチェ! 先生を離して貰おうか! いつまでそうしてるつもりや!」
ニーチェと呼ばれた少女は、動かずに黙っていれば、青いフリルを着た人形のようだ。
「……先生? ああ、こいつか」
ニーチェの右手から槍が伸びていて、その途中には先生がいる。ニーチェは木馬の上から先生の背中を蹴る。先生は前に崩れて地面に投げ出された。何の受け身もない。
オハナさんが「ひぃ」、と恐怖にまみれた悲鳴を上げる。カティアの怒りが、沸点をまた越えた。
「やめろ言うてんねん!!」
カティアは
だが、その途端に、武器を持った
「熱くなってるなぁ第十三書記。もう少し落ち着いたらどうなんだ?」とニーチェが言う。
「ああ!? あったり前やろが! お前が刺したんは私の物やぞ! 勝手に人様の物をいじくってんちゃうぞ!!」
カティアが怒りで身を震わす度に、
「お互い様だろうが。私もゲヘナを殺された。あれは私の大切な
「ゲヘナは火竜に喰われたんや。私らが殺したんちゃうぞ」
「オイオイ、本気で言っているのか? 十三番目の書記様は馬鹿なのか? お前が竜との契約を破棄させたのだろうが。そのせいで、ゲヘナは襲われた。魂の半分を差し出して苦しんでいたのに、結局、全部喰われてしまうとは……、ゲヘナもさぞ、未練だろうなぁ……」
ニーチェは、僕達を通り越して空を見た。そこには、東の戦場を覆う紫とオレンジが混ざり合った空があるばずだ。
「よう分からんことをグチグチと……。お互い様って、なんやねん? こっちは先生をやられて、泣き寝入りするつもりはないぞぉ! お前を地獄に落としたる!」
カティアは腕を激しく振り回した。剣を向けていた人形を打ちのめす。人形は首が曲がったが、傾けた剣をカティアから外そうとはしなかった。
「熱くなるなと言っただろう第十三書記。私達は戦争をしていたんだ。いちいち喚くんじゃあないよ。だが、それも終わり……。悪いがもう、お前達への興味が湧かないんだ。私は忙しい、私は次の場所にいかなくては」
「はあ? どこへ行く気や!?」
「ゲヘナの敵討ちだよ。火竜を討つという仕事が入ったんだ。お前達の相手をしている暇などない。玉座には勝手に行け」
人形のようだったニーチェの顔に、一瞬だが人間らしい赤身がさしたような気がした。
僕は驚いた。ニーチェは、子供のような軍団を率いて、あの凶悪な火竜に挑むというのか? ゲヘナの
カティアがくってかかる。
「正気かニーチェ! どこにも行かさへんぞ! 勝負しろ!」
「ああ面倒臭い……。聞き分けろよ第十三書記。私は降りたと言ったんだ。竜を殺すための戦力を温存しておきたいんだよ……。もう、いいか。眠れ――」
ニーチェのその言葉は、僕の頭の中で、二重三重になって響いた。すると突然、足に力が入らなくなって地面に膝をついた。猛烈な眠気が襲ってくる。
視界にうつる六股君やオハナさんの頭も揺れている。
カティアも片膝を立てて抗っているが、徐々に前屈みになっている。手に持っていた巻物が、広がりながら地面に落ちた。
「く、くそぅ……、な、なんやこれ……、ほんまにヤバいのはニーチェの方やったんか……。わ、我、第十三書記カティアの名で命ず、
結局僕達は、先生を取り返すことも出来ずに、その場で崩れ落ちてしまった。血と泥の戦場を乗り越えて、ようやくここまで来たのに簡単に負けた。
どうしようもない悔しさの中、気が付くと、また、あの小さな映画館に来たようだ。映像が流れる。優しくて愛に満ちていて、まるで誰かの願望のような映像が――。
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