第43話 玉座を捨てたのか?

 僕達のご先祖様は、偉大な魔術師だった(らしい)。ご先祖様は呪文を唱えて、自分を武器に変化させた。その威力は災害よりも深刻で、地形を簡単に変えてしまったそうだ。


 僕達の血は濃い。

 まるでご先祖様の生まれ変わりのように、同じ色らしい。

 だから呪文を唱えると、血が反応して革命を起こす。僕達はそうやって喪失武器ロストウェポンに変化する。だが、巻物に残された特殊な文字を読むためには、カティアとの契約が必要だった。契約の力を使ってはじめて、文字を読んで、呪文を唱えた・・・事になる。それは、僕達の職業が魔術師ではないからだ。資格や素質はあっても使い方が分からない。つまり今、この時代で喪失武器の力を振るうには、絶対に書記カティアの力が必要だ。

 

「オイこらぁ! 先生を離せ!」


 なりふり構わずといった感じで、六股君が先生の元へ駆け出していく。十秒もあれば辿り着く距離だが、カティアがすぐに止めろと言った。契約の力が働いて、六股君の足が縫い付けられる。


「くそっ、カティア! 俺を自由にしてくれ!」

「六股君。装甲が解除されたんは、私が取り乱したせいや。先生はすぐに取り戻すから、ちょっと辛抱して」


 カティアは冷静さを取り戻した。


「ニーチェ! 先生を離して貰おうか! いつまでそうしてるつもりや!」


 ニーチェと呼ばれた少女は、動かずに黙っていれば、青いフリルを着た人形のようだ。


「……先生? ああ、こいつか」


 ニーチェの右手から槍が伸びていて、その途中には先生がいる。ニーチェは木馬の上から先生の背中を蹴る。先生は前に崩れて地面に投げ出された。何の受け身もない。

 オハナさんが「ひぃ」、と恐怖にまみれた悲鳴を上げる。カティアの怒りが、沸点をまた越えた。


「やめろ言うてんねん!!」


 カティアは外套がいとうから巻物を取り出した。喪失武器になるために必要な呪文が、びっしりと書かれている巻物だ。カティアは僕達に、もう一度、戦う事を要求する気だ。

 だが、その途端に、武器を持った着せ替え人形プリンセスドールが、素早く近づいて来て僕達を取り囲んだ。巻物を読む時間なんて無い。剣や槍の先を、喉やわき腹に突き付けてくる。僕達は、自分の命が惜しくて身動きが取れなくなった。


「熱くなってるなぁ第十三書記。もう少し落ち着いたらどうなんだ?」とニーチェが言う。

「ああ!? あったり前やろが! お前が刺したんは私の物やぞ! 勝手に人様の物をいじくってんちゃうぞ!!」


 カティアが怒りで身を震わす度に、着せ替え人形プリンセスドールが持つ剣の先が、コツコツとカティアの鎧に触れて音がしている。


「お互い様だろうが。私もゲヘナを殺された。あれは私の大切な玩具オモチャなのに――」

「ゲヘナは火竜に喰われたんや。私らが殺したんちゃうぞ」

「オイオイ、本気で言っているのか? 十三番目の書記様は馬鹿なのか? お前が竜との契約を破棄させたのだろうが。そのせいで、ゲヘナは襲われた。魂の半分を差し出して苦しんでいたのに、結局、全部喰われてしまうとは……、ゲヘナもさぞ、未練だろうなぁ……」


 ニーチェは、僕達を通り越して空を見た。そこには、東の戦場を覆う紫とオレンジが混ざり合った空があるばずだ。


「よう分からんことをグチグチと……。お互い様って、なんやねん? こっちは先生をやられて、泣き寝入りするつもりはないぞぉ! お前を地獄に落としたる!」


 カティアは腕を激しく振り回した。剣を向けていた人形を打ちのめす。人形は首が曲がったが、傾けた剣をカティアから外そうとはしなかった。


「熱くなるなと言っただろう第十三書記。私達は戦争をしていたんだ。いちいち喚くんじゃあないよ。だが、それも終わり……。悪いがもう、お前達への興味が湧かないんだ。私は忙しい、私は次の場所にいかなくては」

「はあ? どこへ行く気や!?」

「ゲヘナの敵討ちだよ。火竜を討つという仕事が入ったんだ。お前達の相手をしている暇などない。玉座には勝手に行け」


 人形のようだったニーチェの顔に、一瞬だが人間らしい赤身がさしたような気がした。

 僕は驚いた。ニーチェは、子供のような軍団を率いて、あの凶悪な火竜に挑むというのか? ゲヘナのかたきを討つために――? 一体……ニーチェとゲヘナは、どういう関係なんだ?

 カティアがくってかかる。


「正気かニーチェ! どこにも行かさへんぞ! 勝負しろ!」

「ああ面倒臭い……。聞き分けろよ第十三書記。私は降りたと言ったんだ。竜を殺すための戦力を温存しておきたいんだよ……。もう、いいか。眠れ――」


 ニーチェのその言葉は、僕の頭の中で、二重三重になって響いた。すると突然、足に力が入らなくなって地面に膝をついた。猛烈な眠気が襲ってくる。

 視界にうつる六股君やオハナさんの頭も揺れている。

 カティアも片膝を立てて抗っているが、徐々に前屈みになっている。手に持っていた巻物が、広がりながら地面に落ちた。


「く、くそぅ……、な、なんやこれ……、ほんまにヤバいのはニーチェの方やったんか……。わ、我、第十三書記カティアの名で命ず、喪失武器ロストウェポンよ……、眠りの誘惑から覚めて、この巻物を……読め……」


 結局僕達は、先生を取り返すことも出来ずに、その場で崩れ落ちてしまった。血と泥の戦場を乗り越えて、ようやくここまで来たのに簡単に負けた。

 どうしようもない悔しさの中、気が付くと、また、あの小さな映画館に来たようだ。映像が流れる。優しくて愛に満ちていて、まるで誰かの願望のような映像が――。

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