第42話 戦争を終わらせよう

「え? 降りて歩かないんですか?」

「うん」

「カティアさん乗せたまま、僕達が運ぶんですか?」

「そうや。長年愛用している戦車や、置いていかれへん」

「え? そこですか?」

「そこ、て何が?」


 車輪が取れた戦車から、降りてこないカティアとの会話。いつも通り論点が合わない。この議論は早々に切り上げる事にした。

 ――ふっ、もう慣れました。

 仕方なく僕達は、カティアを乗せた戦車を担ぎながら、戦場を東から西へ向かって横断中だ。まるで、お神輿みこしを担いでいるようで目立ちまくっているが、そのせいあって、途中ですんなりオハナさんとは合流出来た。あとは先生だけだ。 


「まだなん? あと、どれくらい?」


 イラついたカティアの声が聞こえる。揺らして落としてしまえと、悪魔が囁いてきて辛い。僕は荷台の下から、ひょい、と顔を出した。


「さあ、分かりません。カティアさんの方が、遠くまで見えるんじゃないですか?」

「なんも見えへんから聞いとんねん」

「と言われても……。あ、そうだオハナさん。上半身だけで大空を自由に飛び回っていた時に、先生のいる西の方には行かなかったんですか?」

「ぷっぷぷ――!」


 僕がそう言うと六股君が吹き出した。自分も円盤にされて途方にくれていたのに。


「あ――もう! 笑うな!」


 オハナさんが、ムスッとした。僕もつられて笑いそうになる。そんなやり取りの後、カティアは独り言のように呟いた。


「ダストンちゃんが、ニーチェの出没報告のあと、左軍も連絡とれへんなったって嘆いとったんや。どうなったんや左軍は……」


 ダストンが言うには、第十一書記ゲヘナが契約を解いたせいで、戦況は、こちら側に有利に動いているそうだ。ただ、大きな損害が出ている。右軍は、ほぼほぼ全滅に近い状況で、どこかの軍に取り込まないと自力で再編は無理だという。軍の立て直しを決断したダストンは、カティアに左軍の様子を確認してくるように依頼して、自分は一旦本陣へ戻っていった。

 まだ西の戦場に、ニーチェがいるかも知れないと忠告を残して――。


 そうだった。まだ書記が一人残っている。今から向かう先にニーチェがいる可能性がある。ニーチェを捕まえないと、この戦争は終わらない。なぜなら、難を逃れた着せ替え人形プリンセスドールが、また統制を取り戻す恐れがある。

 戦場を駆け抜けて行く背の低い子供のような集団は、間違いなく人形の影だ。僕の嫌な予感を的中させるように、西へ西へと駆けていく。ニーチェの元へ集っているのかも知れない。


 緩やかな丘にとりつき斜面を登る。短い草が生えていて、強く踏むと潰れて滑りそうになる。もうすぐ味方の、左軍が見えるはずだと僕は思った。


「――おった。ニーチェや……」


 カティアがニーチェを見つけたようだ。呟くように言った後、大きな声を出して、僕達を制止した。


「アカン! 降ろして! ストップやストップ!」


 丘を登りきる寸前で戦車を捨てた。カティアが走り出したので、僕達も追いかける。カティアは鎧が重いのか、短い距離なのに斜面を這うように進んだ。

 頂上に着くと、緑の大地が 広がっており 、かなり奥に北から西に向かって流れているダリューン川の水面が、夕日を反射して煌めいていた。

 その川を背にしながら、着せ替え人形プリンセスドールが集まっている。二千から三千ぐらいだろうか、他にも回転木馬メリーゴーランドに登場する、どこか玩具っぽい木馬や馬車などが複数見える。古い昔の、遊園地に紛れ込んだみたいだ。


 やがて、僕の視点は一か所に釘付けになった。

 夢の世界で汚い現実を見た。変わり果てた先生の姿を、そこで見つけてしまった。

 ――ああ、そんな……、そんな……。

 許しを請うように膝をついた先生は、木馬にまたがった少女が持つ槍で、背中を貫かれていた。先生が着ているスーツやシャツが、どす黒い血で濡れている。

 僕は眩暈めまいがした。腹の底から力が抜けて、背骨が安定せずにフラフラしてきた。

 ―― ああ、ああ……。もう駄目だ。先生は、とんでもない重症だ……。

 先生は俯いていて表情が見えない。


「先生ぃ――――!!!」


 六股君の声がした。オハナさんが息を飲み込んだ。僕達の感情は同調を開始して、溶けた飴細工のようにぐちゃぐちゃになる。


「何してんねん、ニィィ――チェ――!! お前はぶち殺す!!」


 カティアが叫んだ。その瞬間、雑音を押しのけて一本の線のような高い音が響いた。契約の力が発動する音とよく似ていたが、効果はまるで逆だった。

 その音を合図に、僕達を包んでいた歯車の装甲が、液状になって弾き跳んだのだ。カティアが驚く。


「そ、そんな、アカン――!! け、契約の効果が切れたんかぁ――!!」

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