第41話 勝負が決まりそう

 一匹。また一匹。

 多くの地竜が、東へ向かって走り出した。その方角の領地境界線を越えれば、ゲヘナが治めていた土地に抜けるはずだ。

 そうやって逃走を選ぶ竜ばかりならいいが、目の前に大きな問題が一つ残っている。いや、この問題が解決しないと僕達の勝ちは難しい。


 ロディニアと呼ばれた火竜は、己の主人だった男を襲って胃袋の中に入れてしまった。契約で縛られていた事への不満だろうか。その憎悪を満たした後で、次は僕達を襲う気かも知れない。


「もう、ええやろ! なんでゲヘナを喰ったんかは知らんけど、もう気ぃ済んだやろ! 戦争は終わりや、さっさと巣に帰れ!」


 カティアが拳を握って力説しても、火竜は彫像のように動かない。それどころか、無言の威圧が僕達を息苦しくさせる。辺りは騒然としているが、妙に静かでもあると僕は思った。


 そこへ、南から雪の軍団が現れた。まだ少し距離があるが、先頭にダストンがいる。どのような理由があったのか、本陣を抜けて、こんな戦場の端にまで来ている。

 さっそく引き連れていた雪の兵士が、武器を構えて突撃を開始した。火竜を目指して、大地を白く染めながら迫ってくる。

 火竜は、煩わしそうに首を傾けて、新たに現れた敵兵力を認識したようだ。わずかに顎の部分が開いて、その隙間から揺れる蒸気が立ち上り始めた。


「また、ややこしくなりそうやなぁ。ダストンちゃんに、私ら見えてんのかな?」


 カティアは早口で言った。僕も同じ不安がよぎったところだ。


「知りませんよ。でも、ここに居たら竜と一緒にやられちゃいそうな雰囲気ですよ」

「しゃあないな。横向いとるうちに、私らはそっと撤退や。間合いの外に出たらダッシュでダストンちゃんと合流するで!」

「はい! 六股君を拾っていきましょう!」


 竜の作る影からは、意外とすんなり抜け出せた。僕達はキリのいいところまで後ずさると、身を翻して走った。平行するように移動を始めたシルエットは、円盤から元に戻った六股君だろう。

 並んで走ると、重装備のカティアはすぐに音をあげた。仕方がないので、途中からカティアをおんぶした。おんぶした途端、元気になって「進め進め」と言い出した。そこに六股君が合流して、三人で南へ移動する。雪の兵士とすれ違いながら、ようやくダストンの元に辿り着いた。

 息も切れ切れに、鬼気迫るようにしてカティアは言った。


「ハァハァ……、だ、ダストンちゃん! あの竜がゲヘナを喰いよった! もうゲヘナの契約は解除されとるから、ちょっと様子を見たらええんちゃうか! ほっといたら帰っていくかも? あの竜はやばいで!」


 ダストンは氷の騎馬に跨がっている。カティアの提案を即座に否定した。


「それは出来ない相談だ。火竜ロディニアは、我が叔父ビーレイを焼き殺した。今から仇をとらせてもらう」

「えええ! 何やそれ? やる気なんか!?」

「当たり前だ。だが、無理に付き合えとは言わん。あれは東の竜王だ。伝説に出てくるような偉大な竜だ。攻めればこちらが全滅するかもしれん」


 とダストンが言った後で、六股君がかすれた声を出した。


「え、……ビーレイさんが、死んだのか?」


 六股君は、意外だという顔をしている。僕が「知ってるの?」と聞いたら、こくんと頷いた。

 ダストンは言った。


「ああ、死んだ。死ぬ間際に、ビーレイは東に来るなと連絡をくれた。火竜の狩りが始まるからだと」

「じゃあ、来たら駄目だろ」


 少しだけ声を荒げて六股君は言った。だが、ダストンは不遜な薄い笑みを浮かべる。


「何を言っている? 東に来なければ仇が討てないではないか。同胞も大勢死んでいるのだ。もはや途中では止められぬ。何としてでも、我々全員であの竜を殺す」


 そう言って強い意志をみせるダストンの後ろに、同じような姿をした騎馬が五体ほど現れた。本陣に居たダストンの仲間だろう。

 ダストンは仲間を短く振り返り、それから騎馬を進めた。

 すると前方に異変が起こる。赤い竜が身体中にたかる雪の兵士をかわして、舞い上がったのだ。数千の雪の兵士で竜を取り囲んでいたが、足止めすることも敵わないようだ。

 竜の鱗にしがみついた兵士が、そのまま上空にさらわれてしまい、やがて力を失った順に落下している。竜の周りがキラキラと輝いて見えるのは、今も雪の兵士が犠牲になり、昇華しているからだ。

 ダストンは騎馬を走らせた。が――。

 竜は高く高く上った。雪の兵士が投げる槍では、もう届かない。


「ダストンォォォン、ビィ――――ムゥ!!」


 ダストンの目玉が光って、必殺の破壊光線が発射される。太陽光を集めたとんでもない熱量を含んだ光線が、まっすぐに伸びるが、遥か上空で旋回を続ける竜に当てることは至難の業だった。

 一声、竜は大きく吠えた。その声は戦場の隅々にまで届いた。

 旋回を続けていた竜は、暫くすると東の方へ飛び去った。その後ろを、ダストン達は騎馬を走らせて追いかけるが、やがて諦めて止まった。 

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