第35話 集結する
■■■中央軍より報告 第十三書記が反撃を開始 単独で敵軍中央を突破する模様 だが、遠すぎて伝令が近づけない。もう彼女は手に負えない■■■
「はぁぁぁ……。なんという屈辱。ナンバーワンホステスである私が、どうしてこんな目に……。カティア! いい加減、元に戻しなさぁぁぁい!!」
――おや? この声はオハナさんの声だ。オハナさんの泣き言が聞こえた気がしたぞ。
僕は声の主を探して、辺りを見渡した。キョロキョロキョロ……。
まるで耳元で囁かれたような、息が触れそうな距離だったのに姿が見えない。だが、出張していたオハナさんの
敵の遠距離攻撃に対抗するべくカティアがとった作戦は、こちらも遠距離攻撃を行って、相手を叩き潰すというシンプルな対抗案だった。
具体的には、索敵と自動照準機能を持たせたオハナさんの上半身だけを、大空に打ち出す。敵集団に突撃するたびに装甲が爆発を起こすようにした。ここまでの過程で、オハナさんの抗議は一切無視。分かっていたけど、カティアが所有する
命令が下ると、オハナさんは、瞬く間に破壊の炎で周辺を掃除した。一段落つくと索敵を開始して集団から集団へ。旅のサーカス団のごとく、転々と戦場を渡り歩いていった。
戦車の荷台には、オハナさんの下半身だけが取り残されていた。片膝をついたままの、上半身を打ち出した時と同じ姿勢のままで、別れてしまった半身が、一つになれるように待ち続けている。滑稽を通り越して、哀愁すら感じる。有名なアーティストのオブジェのようだ。
そんなオハナさんの下半身に、カティアがおもいっきり
「イタッ、もうっ! 狭いんやから、スペース取るなや!」
カティアが歯車だらけの下半身を蹴った。
――鬼か! あなたは!
戦車の周りは足の踏み場もないほどに、竜騎兵の残骸で埋め尽くされていた。鞍から落ちた
カティアが顔をしかめて僕に言う。
「靴下君。戦車引っ張って。もうこの辺大丈夫やろ」
「ええっ! オハナさん待たないんですか!?」
「大丈夫やろ? 声聞こえたし」
「僕にも聞こえましたけど、姿が見えないんですよ。それでも行くんですか?」
「あったりまえや! 先生と六股君も合流する頃や。突破して相手の本陣を叩くで」
「また孤立するんじゃないですか?」
「後ろも追い付いて来とる! 私らで道を作るで!」
カティアにそう言われて振り向くと、確かに雪の軍勢が竜騎兵を押し返し始めていた。竜騎兵の列が途切れて、あっちでもこっちでも、透明な兵士が剣や槍を振るう姿が増えてくる。その上をビュンビュン飛び回る影があった。ふいに地面に落ちては爆発を繰り返している。きっとオハナさんだ。遠い所まで出張って働きまくっている。
――間違いなく、本人の意志じゃないんだろうけど……。
僕も命令されて同じ目に遭う前に、覚悟を決めないといけない。
「すいませんオハナさん! 先に行ってますね。真っすぐです。ここをまっすぐ!」
オハナさんに声が届いているのか分からない。だけど僕は、横たわる地竜に片足をかけて、身振り手振りで進行方向を示した。
「オハナさんの下半身は、僕が責任を持って大事に運んでおきますから! ああ、カティア!! 蹴るの止めろぉ!! 落ちそう! 落ちそう!!」
――三十分後。
カティアの戦車を引っ張って暫く進むと、英雄ダリューンの名がついた川の手前にある敵の本陣に辿り着いた。偵察の時、僕はここから鋭い視線を感じて、酷く怯えたのを覚えている。間違いなくその場所に来ているはずだが、天幕の中から出て来たカティアは、不機嫌を隠そうともせずに言い放った。
「おらんやんか! ゲヘナもニーチェもどこへ消えたんや!?」
「ゲヘナはさっきすれ違ったままでしょ? カティアさん」
「ああ、そうやな。だったらニーチェは? あの人形使いの夢魔ちゃんは、どこへ行ったんや? 普通、大将はここにおらなあかんの違うの? 普通、どっちかおるもんやろ? なあ、靴下君。普通そうやろ? そう思わん?」
普通教に
――今でしょ、今。いま回ってよ。
意地悪に僕は思う。気を取り直して、僕は雇い主のご機嫌を取るべく、調子を合わせる事にした。
「普通は……、ていうか、本当に……なんでしょう、もぬけの殻というのでしょうか? ここは捨てたような感じがしますね」
「拍子抜けや。くそ。どこいったんやあいつら」
本陣と思われた四つの天幕には、数十の番兵しかいなかった。
その間に、雪の軍勢も随分と僕達に追い付いてきて、今は視界の端で敵軍と入り混じって戦いを続けている。敵の中央軍は厚い壁であるが、戦況はこちらに有利に動いているようだ。
なので、この場所に近寄る影は他にない。
カティアは腕を組んで考える。考えながら戦車の荷台に腰を下ろした。オハナさんの下半身は荷台の隅っこに立てかけられていた。肝心の上半身は、出張を続けたまま、まだ帰還していない。
カティアは、上目遣いに僕を見た。
「さっき走りながら、東の方に雷雲が見えたんや」
「雷雲ですか……。僕は、目の前に必死だったから気が付かなかったなぁ」
「奇妙な形の雲やったわ、渦を巻いて局地的やったな。あの下は、ひどい嵐になってたんちゃうか」
「どの辺りです?」
「あっちやあっち」
カティアが指し示す方角は、ここからだと南東になる。だが今は、何も見えなかった。少なくても空模様は穏やかである。あっちには、六股君がいる右軍が展開しているはずだが、地上は広範囲に土埃が舞っていて、あまりはっきりとしない。
「どうします? 向かいますか?」
「せやなぁ……、先生が合流しとったら、それでもええんやけど、まだ来んな……何を手こずってんのや」
カティアは西の方を見て言った。
そちらは緩い丘になっていて、その向こうにいるはずの左軍は、まったくと言っていいほど見えなかった。
「僕達の中央が、うまく行き過ぎたのかも知れないですね。挟み撃ちにする前に、突破して本陣に辿り着いちゃいましたから……。ゲヘナはすれ違ったけど、行方不明だし、ニーチェは見なかった……。カティアさん。先生か六股君のところに、あいつら行ったかもしれないですよ。どっちかに応援に駆け付けますか?」
「……そうやな。西か東か、迷うところやな」
言ってカティアは立ち上がった。すぐに振り返って戦車の荷台に手を伸ばす。片膝をついたオハナさんの
――え? うそ? 荷台から落とす気だ。
僕は慌てて注意した。
「ちょっとカティアさん! オハナさんを置いていく気ですか! 酷い! ひど過ぎる!」
「うるさいわ! 邪魔やから置いていくんちゃうで! これも作戦や!」
船舶から
「作戦って一体どういう事ですか?」
僕が息巻いたのに、カティアは答えない。次に、せわしなく辺りに目を這わせた。落ち着きの無い人だ。
「もう、ほんまに……、伝令もくそもないから、外部の情報がまったく入ってこうへんし、こっちも連絡できへんやろ? なあ、靴下君。さっきのオハナさんみたいに、遠くまで声を届けるみたいな事、
「いや……」
すでに僕の方からオハナさんに、何度か呼び掛けてみていた。返事は無かった。現状では、こっちから連絡を取るのは無理だと思われた。それに……。
「伝令はちゃんといるはずですよ。ダストンさんのお仲間が、その役目をしてくれているはずです。きっと僕達だけですよ。こんなに突出しちゃったのは」
僕は、ちらりと嫌味を言った。
――カティアが突撃を繰り返すから、伝令が追い付いて来れないんだ。
「よっしゃ。まずは東へいくでぇ! そっちがめちゃ怪しいわ!」
――駄目だ。聞いてない。
「東って……、先生はどうするんですか? オハナさんもここに置いていくんでしょ?」
カティアは手の平サイズの石を拾い上げた。キョロキョロしていたのは、石が欲しかったらしい。
「だから、ちゃんとメッセージを残していくっちゅうねん。えっと……」
――んんん!? まさか、まさか、まさか。その手に持った石で何をする気ですか? オハナさんの下半身に一体何をする気ですか!?
背中を向けたカティアから、硬いもの同士が擦れ合う音がした。嫌な予感が的中した。――ああ、ああ、冗談でしょ。
カティアは拾った石を使って、オハナさんの下半身に落書き――もとい、伝言を残そうとしているんだ……。
「オハナさん、そして先生へ……」
ガリガリ、ガリガリ……。
「私と靴下君は……、東へ……、行くので、」
ガリガリ、ガリガリ……。
「終わったら……き、て、な、ちょうぜつ……、びじんの、カティアより……」
ガリガリガリガリガリガリ――。
――やめろ人でなし! やっぱり鬼だ! 鬼が出たぞ!
……この時、僕は気が付かなかった。どうせ伝言は届かない。
そんな事をしても、無駄だって事に――。
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