第10話 銀色の巨人が生まれました

「ああ! ママ助けて!」

五月蝿うるさいわね靴下君。ママって何? あなたマザコンなの? 誰か説明してよ!」

「ああ、すいませんオハナさん。取り乱してしまって。若干マザコンなのは認めます。自覚あります」

「別にいいけど、説明して! 早くして!」

「マザコンはマザコンですけど?」

「違うわよ馬鹿!!」

「オハナさん。皆状況が分からないのです。少し落ち着きませんか? 六股君も同じだね?」

「何がっすか?」

「いやその……、我々、今一つ・・・になってるよね? そういう認識で間違いないかな?」

「そうっすねぇ~確かに……。随分大きくなったっすねぇ~こりゃウケる。あっはっはっ」


 四人は何故、迫る驚異を前にしてワイワイやっているのか? それは、僕達が突然合体して、背丈七メートルはある、銀色の巨人に姿を変えたからだ。いつの間にか五月蠅くげきを飛ばす、カティアを見下ろす格好になっている。

 奇跡のような経験だった。時間にして数十秒の神の神業みわざ

 カティアが掲げた巻物を読んだら、僕達は溶けた。

 ――ん? ……溶けた? 一回溶けてたな!?

 何の痛みもなく、ふいに肉体を失った。ついには水銀のような質感の、人一人分と同じ体積を持つ四つの球体に変化した。球状になっても思考や視界は健在なままだったが、そのせいでとても怖かった。

 僕達はそれぞれ引かれ合い、衝突した後で大きな球となった。球から突起が、カタツムリの触覚のように伸びて、巨人の頭や手足に変わった。

 ――これはもう……。だ、駄目かも知れない……。ママ、これ絶対無理だぁ……。

 半ば諦めた。ようは事実として半分は受け入れた。もう人間に戻れないかも知れない。今の巨大な姿は、子供達が大好きな、あれに似ていると僕は思った。


「えへへ……。特撮のヒーローみたいになっちゃいましたね……名前は確か、ワロテルマン……」

「笑顔で怪獣をぶち殺す、サイコヒーローね……。ふふっ……娘がよく観てるわ、うちも」


 オハナさんが、力なく返事をしてくれた。

 僕達は、巨人の内部で意識だけの存在となり、種々様々な情報を並列化して処理していた。つまり四人は一心同体。春でもないのに、巨人の中で同棲を始めた運命共同体。誰かの考えや行動が自然と伝わって来てしまって、非常に落ち着かない。さっそく家出したい。


 銀色の巨人が、千メートル先の蠢く森の精霊エントの群れを指した。巨大な彫刻が、昨日の方向を指し示したようになる。

 すると突然、巨人の指先が千切れて、弾丸のようになって飛び出した。弾はすぐに見えなくなったが、恐らく到達した頃に、爆発を伴う巨大な火の柱が起こった。景色が欠けて夜の帳をこじ開けてしまいそうに明るくなった。


「ちょっと、ちょっと、ちょっと! 誰がやってるの? いきなり攻撃なんかしていい訳? 森林火災が起きてるわよ! 止めなさい!」


 ハッとしたオハナさんの声が響く。先生もオハナさんと同じ意見だと言った。


「確かに。燃えながら近づいてくる。いずれ私達も、森に飲まれて火に巻かれます! 攻撃は止めて、一旦距離を取りましょう!」

 

 慣れない破壊の炎を見て、僕達はあきらかに狼狽え始めた。普通に生活していたら、このような場面に遭遇することはないし判断を下す必要もないからだ。

 慌てふためく巨人の足元で、青い外套がいとうをカティアがひるがえした。


「それは逃げるのと同じやで先生! メガネ曇ってるんちゃうか? 森の精霊エントどもを見てみぃ。もう殆ど足が止まっとる。びびってんちゃうで! 今が攻め時や! 撃て撃て撃て撃て、撃ちまくれ!」

「だよねぇカティアさん! マジカッコいい! 俺頑張るっす。撃ちまくるっすよ!」

「えええ! 撃ってるのは六股君だったの!? まって、落ち着こう!」


 カティアの煽りに、六股君が悪のりで返す。咎めるように僕は言ったが、まったく効果がなかった。

 銀色の巨人は、両手の先から銀色の玉を幾つか発射した。この感覚は間違いない。今は六股君が、巨人を動かしているのだ。森はまた激しい炎に包まれた。


「イッヒッヒ。流石は六股君や! スパイしてたのは、これでチャラにしたるで! さあさあお前ら、本気出していこか! 我、第十三書記カティアの名で命ず。喪失武器ロストウェポンよ力を示せ。理想を持たぬただの武器と成り下がれ! 其は、この世の終わりにて始まりなり。近くて遠い双星の片割れなり。型式六番。八分の一スケール。全砲門開け! 準備出来次第で、しばいたれ!!」


 カティアの異能。恐らく、書記と呼ばれる者が持つ悪魔的な強制力。契約の力が発動したと思われた。高い耳なり音がすると、課題ノルマへの取り組みが開始される。僕達の意志を踏み散らして、カティアの想いが尊重されていく。六股君を止めようとしていた残りの三人は、再びインストールされた手順に従って攻撃態勢に入る。

 銀色の巨人の上半身から、あらゆる方向に向かって無数の角が伸びた。角は、海に生きるイソギンチャクの触手のように、びっしりと隙間なく生えて止まった。

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