第9話 旧世界の落書き
夜の
村から出ると広大な畑が広がっており、そこに点々と立つ不気味なシルエットが、カカシなんだと気がついた。僕達は横一列に並んだ。そこからカティアの指示で間隔を広げ、やや扇状に隊列を組み直す。
「さあさあ! 戦闘の開始やで! わざわざ権威ある第十書記のマールさんが、お迎えに来てくれはったでぇ~! お前らエエとこ見せたれよ!」
「カティアさん、あれと戦うのですか?」
先生が皆を代表して、至極まっとうな事を言う。先生があれと言った森は、畑の遥か向こうから段々と近づいてくる。地形が変わり
「そうや、お前ら私の指示通り動けよ。そしたら勝てる! 間違いなく勝てる!」
「まさか、俺達が戦うんっすか? 流石にそれは……、無理じゃない?」
そう言いながらも六股君は、逃げる様子を微塵も見せない。欠伸が似合いそうなぐらいに呑気だ。彼女が六人もいる人は、ちょっとやそっとじゃ動じない。
「無理ちゃうわ! 今からご先祖様の力を呼び起こすでぇ~! さあ、目覚めよ! 全員でこれを読めい!」
「いきなり何を! ご、ご先祖様って何ですか――!?」
僕の質問に答えは無かった。
興奮気味のカティアは全員の前に立って、外套の中から取り出した
「まったく読めません!」
「俺もっす!」
「同じく国語の教師である私にも読めませんね」
「遠いのよ! 近くに持ってきてよ!」
皆がブーブー言う、とても残念な結果になる事だ。僕達は秒でギブアップした。黒々とした森が地響きを立てながら迫って来るのだ。結論は早い方がよい。
「イッヒッヒ。信じろ、お前らには読める! 読め、詠唱しろ!
――!!
聴力の限界を試すような高い音がした後に、僕達の脳に目的を達成するための動作手順が強制的にインストールされる。自分の思考が後回しにされてしまうので、非常に気持ちが悪い。
戦車を引くための怪力とスタミナが付与された時と同じように、脳が身体が、カティアの望みを叶えるために作り替えられていく。ティシャツを突き抜けておへその辺りから青白い光が漏れ出してきた。
巻物に書かれた文字が、水に濡れたように滲んだ。滲んで滲んで、静かに形を変えていく。そして僕は驚く。読める。読めるようになった。意味なんてまるで分からないけど、複雑に思えた文字がカタカナに見えてくる。
「エ、ラスカ……トイカ……ツーツーラスタ、ドゥ……」
覚えたての文字を読んだ。ゆっくりと紡ぐと、おへそから漏れていた光が強くなり全身を包み込んだ。僕という輪郭が緩む。と同時に激しい胸焼けがする。
――うぷっ。ヤバい。お腹の中から何か出そう。
エイリアンのような異物が、体内で暴れているのかも知れない。さらに自覚アリの発熱。みるみる体調が急降下した。
――熱い。熱い熱い。
文字を読んではいけない。これ以上読んでしまったら、熱くて溶けてしまう。だけど駄目だ。詠唱は続く。拷問のように延々と続く。カティアとの契約が僕達の自由意思を拒否する! さあ読めと強要してくる!
内臓が激しく掻き回された。血が沸騰したかのように高い熱が籠った。文字を読み進めれば進めるほどに、僕という器がはち切れてしまいそうになる。
「リュシケル……ンダヒスカ……ツーツーラスタ、ディア、ドウドウ……」
雑巾を絞ったような声がでた。きっと僕の表情は、死人のように絶望しているだろう。
目線の先には迫りくる黒々とした森が見えている。数分後には僕達を飲み込み森の一部としてしまう筈だ。
「ツーツーヒシュカ、ディア、ツーツー……ラスタートイカ、ゲシュニアー」
やがて僕達四人の声は、夜空に吸い込まれた。
複雑に絡み合っては一本の線のように、油断しては切れてしまう繊細さを纏いながら、それでも、それでも一番星の高みへ昇る。
――ねえママ……急に会いたくなったよ。
「やれ、お前ら!
カティアが叫んだ。僕達はついに、最後の一行を読み終えようとしている所だった。
「ラスタ・ディア!!!」
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