第13話 本当に師匠と弟子ですか?

 ――焦る。

 僕の呼び掛けに、銀色の巨人が反応しない。銀色の巨人は、神木の精霊ハイ・エントの太い腕を押し返そうと踏ん張ったまま動かない。全然攻撃してくれない。

 その内二人の書記が、武器を構えてにじり寄った。


「はっくしょん! ああ、くそっ! ジジイ勝負や!」

「止めておけ、生意気な馬鹿弟子が!」


 カティアとマールは、肌が触れそうなぐらいに睨み合う。


「誰が止めるか。舐めてんちゃうぞ、こら」

「だから、師匠には敬語を使えと何度も言っておる」

「なんでジジイだけ花粉が効かへんのや? 卑怯やろ」

「前に教えてやったじゃろ。やはり、聞いておらなんだな馬鹿弟子よ」

「ふん、もうええわ。へっくし。……ろ、喪失武器ロストウェポンよ。命ずるで。お前らには森の精霊エントの粉は効かん。まったく平気。たった今からへっちゃらや! なので私を援護してくださぁぁい!」


 カティアは、上半身を反らして僕達を見上げた。鼻水が垂れて酷い顔だ。呼吸が辛過ぎて、最後の方はお願いになっている。

 ――だけどそうか、こうやって命令されれば!

 すぐに鼻が通ってきた。新鮮な空気が嘘みたいに流れてくる。


 雇用主カティアの命令は絶対だ。

 契約に縛られている僕達は、カティアの都合の良いように物凄く適当に作り変える事が可能。例えば、戦車を引っ張る怪力とスタミナが身に付いたり、読めるはずのない文字が、読めるようになったりする。

 雇用主のいいなり――とは、よく言ったもので、この現象を応用すれば、酷い花粉症に耐性をつける事も可能な訳だ。

 なので――。やっと集中できる。やっと攻撃に全部の意識を向けられる。

 ――だから、ちゃんと動いてくれぇ!

 その想いが伝わったのか、ようやく巨人の両肩から、ゆっくりと角が伸びる。

 ――よし、いいぞ!

 巨人の攻撃が始まる。その角は、一定の長さに達するとミサイルのように飛び出すはずだ。集中が切れないように、そっと、このまま慎重に……! ロウソクの炎を持ち運ぶみたいに慎重に……! だがマールは、僕を見逃してはくれなかった。


「甘いぞ馬鹿弟子が! ……神木の精霊ハイ・エントよ、第十書記マールの名において命ずる。更に小さくだ。どんな網でもすり抜けるように粉を小さくするのじゃ。ついでに色々な花粉を混ぜて、対応出来ないようにしてしまえ! 超、超、強力な精霊の粉で埋め尽くすのじゃ!」


 白い竜巻が至る所で起こった。地面に積もった粉を巻き上げている。上からも下からもブリザードのように粉は降り注ぐ。

 マールは雪ダルマのように転がりながら、残酷な事実を告げた。


「分からんのか? 契約は契約でまされば良い。結局は、書記の力の優劣で勝敗は決まるのじゃ! お前に勝ち目はないぞカティア! さっさと降参せんか!」


 ――あ!!


 僕は棍棒で頭を殴られたようにショックを受けた。これは不味い。また始まった。目と鼻から大量の液体が出る感覚。おまけに頭痛がして喉も痛い。さっきまでの症状よりも酷い。


「カティアの契約が負けたのか!?」


 僕が、さっそく一発目のくしゃみをかまそうとすると、先生が鼻をすすりながら言った。


「ちょっと待て、なんだ、このスイッチは!!」

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