第12話 反撃されました

 炎上を続ける森の精霊エントの群れから、一本の木が分離した。それは、今まで気が付かなかったのが不思議なぐらい、大きな大きな森の精霊エントだった。

 背の高さは森の天井を担うかのように高く、横にもかなり太い。他の森の精霊エントの二倍、三倍はありそうだった。あとで聞いた話だが、そのような個体を、神木の精霊ハイ・エントと呼ぶそうだ。


「うああああ!! 大きい!!」


 神木の精霊ハイ・エントが迫ってくると、七メートルの背丈を誇る僕達でも、自然と見上げるようになる。幹の部分に顔があった。その表情は怒りに満ちている。真夜中の森で、このような人面と遭遇してしまったら、泡を吹いて卒倒してしまうだろう。

 口の部分が動いて雷が轟くような音がした。それは初めて聞く神木の精霊ハイ・エントの声だった。


「やってくれたな第十三書記よ! 神木の森を焼いた代償は高くつくぞ!」

五月蝿うるさいわ、アホ! へぶし! ちょっと待てや、はくしょん! はっ、はっ……、はくしっ! こ、これはアカン! お前が近づいてきたらクシャミが止まらん!」

「がっはっは! 俺様の花粉で息もできんだろう? ほれほれ粉じゃ、もっと舞え舞え、舞い上がれ!」


 神木の精霊ハイ・エントの枝や葉が揺れて、はっきりと目に分かる程の粉が舞った。その嵐でカティアは掻き消されてしまいそうだ。


「うぐぅ。おのれぇマール! どこにおるんや? 出てこい! このでかい神木の精霊ハイ・エントを引っ込めろ! へっくし!」

「ここじゃ、ここ! 馬鹿弟子が! 師匠には敬語を使わんか!」


 もう一つの声が聞こえると、雪崩のように覆い被さってくる木から、何かが飛び出した。それは、白い外套がいとうを着た老人だった。森の精霊エントどもの契約主、第十書記のマールだと思われた。

 カティアは暗い空に浮かぶ白い影を睨んだ。


「はっくしっ! だ、誰が師匠や! お前に教わった事なんかないで! 偉そうに吠えるなや!」

「なんじゃと!? 穴堀り娘がぐれよって! 意味のある文字を書けるようにしてやったろうが! ワシの味方をせんと何をしておる!?」

「玉座に行くに決まってるやろ!」

「かぁ~! お前が玉座に行ったら、バースの大地が滅茶苦茶になるわい! 馬鹿な事は止めて、我が軍門に降れ」

「いややジジイ! お前とは趣味も理想も合わんのや!」

「お、おのれ、馬鹿弟子が! お前の領地ごと没収じゃ!」


 マールが着地する。と同時にゴム毬のように勢い良く跳ねた。七十を越えていそうな老人が、する動きじゃない。


「この元気なジジイは私に任せて、お前らは、あのでっかいのを何とかしろ――!」


 カティアが僕達を振り向いて言った。ちょうどカティアの頭上ギリギリを、神木の精霊ハイ・エントの腕が通過しようとしているところだった。そのやたらと太い腕は、巨人の姿をしている僕達を狙っていた。

 ド――ン、と大地を震わす音がした。

 巨人が両手を前に突き出して、攻撃を止めた音だ。少し遅れて突風が通り過ぎた。咄嗟に防御姿勢をとったのは、先生と六股君だ。稲妻のような反射神経で巨人を操ったのだ。


「ひえ! 死んだかと思った!! 凄いよ二人は――!」


 驚きと興奮。そして、助けてくれた二人への賛辞。もう嬉しくて、金品をプレゼントしたって構わない。

 荒れ狂う花粉の中、間一髪で神木の精霊ハイ・エントの攻撃を止めたのだが――。


「きゃあああ!」


 ――ああ、しまった。

 オハナさんが、死ぬ目にあって酷く取り乱した。激しい動悸が伝わってくる。

 先生が、たまらず怒鳴った。


「オハナさん落ち着いて! 私と六股君で捕まえています。大丈夫だから、今の内に攻撃してください! く、靴下君もオハナさんのカバーを頼む! へぶし!」

「えっ――! こ、攻撃ってどうやるんですか!?」


 僕が戸惑うと、六股君の声がした。


「さっき、やったっしょ! 思い出して靴下君! はくしっ!」


 ――て、言われてもさ!

 僕達の脳には、既にマニュアルはインストールされているんだ。だから動くはずだ。意志を強く持ち、力を注ぎ込めば巨人は答えてくれるはず。

 ――うおおお! お願いだ、オハナさんも協力してください!


「わ、私だって、娘にまた、会いたいんだから!! ああ、もう! ご飯ちゃんと食べてるかな!! くしゅん!」


 僕の意識にオハナさんが呼応すると、オハナさんの正気が戻ってきた。

 そうだ、そうだ。こんな所で殺られたら、会いたい人に会えなくなる。自分達が居た場所に帰れなくなる。命令されて戦っているだけだ。勝手に戦争が始まったんだ。だけど、だけど……。

 ――負けたら、何もかも終わりだ!

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