第49話 勝手に進む異常事態 最終話

 ――目が見えない。手足の感覚がないし、身体が動かせない。声も出ないので助けも呼べない。どこかを漂っている感覚だけだ。


 覚えている範囲では、僕達は超水圧の壁に潰されて、突然隆起した火山の噴火口に落とされた。落雷の的にされて、割れた大地に挟まれて自由を奪われた。首を狙ってカマイタチが何度も襲った。


 メロルートには勝てない。彼女は人間じゃない。神様か、その生まれ変わりに違いない。

 ――ダメ、また意識が飛びそうだ……。

 災害が局所に連続で発生するので、空間がおかしくなっている。重力が途切れそう。

 潰されて水銀のようになった三人の喪失武器ロストウェポンは、フワフワと漂ってひと所へ集まる。球状に変化した後、金色の巨人に姿を変えた。が、あっという間に潰される。何に圧されたのかも分からない。

 もう一度思う。

 メロルートには勝てない。彼女は世界そのものだ。バースの大地を沈めないと勝てない。


 ――なら、沈めよう。

 ――ああ、そうだな。沈めようぜ。

 ――もう……別にいいけど、早く終わらせましょう。他の場所にも行きたいし。

 ――了解。


 了解と答えたのは誰だろうか?

 心の底の黒い石油みたいなドロッとした塊。ついに掘り当ててしまった。もう知らない。相当悪い予感がするけど引き返せない。やつらに、この場所だと知らせてしまった。

 僕らが決断をした後で、メロルートの声がした。近くから聞こえるが、上か下か、前か後ろかもよく分からない。


「あら、ようやく本性を現したわね。喪失兵器ロストウェポンちゃん。コラダ、それからカティア! 手を貸しなさい! ん? あれ? 死んだの? 聞いてますか? 何処にいったの? コラダ! コラダ! カティアは肉の壁をやりなさいよ!」


 ――喪失兵器へ覚醒。

 ――型式、死よりおぞましい者。


 ――僕の手を見るとドロドロだった。煙草を吸った肺みたいだ。僕は煙草は吸わないけど、パパが吸っていたし、教育番組を観たから、煙草を吸うと肺がどうなるのか、よく知っているんだ。

 ――ママは忙しい。

 パチンコ屋さんに行って、勝負に勝たないとご飯の材料が買えなくなる。だからママが勝てるように部屋で待ちながらお祈りする。パパも、ママを手伝ってあげればいいのに――。え? 出かけるの? 何処でもいいの? じゃあ、ダチョウが見たいな。ママは知ってる? ダチョウは鳥なのに飛べないんだよ。


 ――結局、可奈に海を見せてやれなかったなぁ……。学校サボって行けば良かったなぁ……。まさかさ、外国が飛ばしたミサイルの破片が、可奈の部屋に堕ちてくるなんて思わないじゃん? 可奈は、相当いい奴だったと思うよ。動物を可愛がるし、お年寄りには親切だ。俺みたいなアホの話を、嫌な顔をせずに聞いてくれるし……。なんで、可奈みたいないい奴が、天文学的確率の不幸に巻き込まれて死んじゃうのかなぁ。世の中、いっぱい悪い奴がいるのにさ……。


 ――ヤブ医者だ。ここもヤブ医者。名前は野崎。ムカムカする名前だ。しかも手遅れだと言いやがる。穂乃花にはもう、何も出来ないと言いやがる。札束を積んだら、一度は任せろと言ったのに――。どうすれば、思い知らせてやれる? きっと穂乃花も復讐して欲しいと思っている。ベットの上で、ブツブツ何か言っているのは、悔しいからだ。復讐して欲しいからだ――。待っててね穂乃花。ママが必ずやり返してあげるから。もう少しだけ起きて待っててね。

 ママね。もう一度穂乃花とお風呂に入りたいな。ぬるくして、いっぱいお話しできるようにするからさ。だからさ、早く元気になってよ。


 目の前に敵がいる。第一書記メロルート。この土地を代表する者だ。目障りだ殺そう。死んだか? それとも逃げたか?

 まあいい。次は全てを破壊して失くしてやろう。足を踏む大地を失くしてやろう。細かいことはどうでもいい。沈めてやろう。宇宙へ逃げ出す前に沈めてやろう。


 大きな意識の急流に身を任せていた。これは血の中に潜む喪失兵器ロストウェポンの意識。喪失兵器ロストウェポンは意思のある生き物だが、僕達とは存在の在り方が違う。だから普段は気がつかない。血管の中を行ったり来たりしていても気がつかない。だけど今は、分かりやすい形で世界に現れた。破滅という形で。

 ――靴下君。

 僕を呼ぶ声がするが、どうでもいいやと無視をする。また呼ばれた。また無視をしようとしたら、この声はカティアの声だったと思い出した。


「カティア!」


 応えると、ぼうっと目の前が開けて、光に包まれたカティアが現れた。大変な状況なのに、悪戯子供みたいに笑っている。


「やっと捕まえた! 靴下君大丈夫か?」

「いや、大丈夫かって、僕達を殺そうとしたのはカティアでしょう?」


 カティアは、ぽんっと手をたたく。


「そうなんや! お前らが暴走したらバースの大地が滅んでしまうんや。さすがにそれはアカンやろ。すまんけど死んでくれ」

「ええっ! また殺しに来たんですか!?」

「ちゃうわ! もう遅い、もう諦めた。バースの大地は終わりや。お前らがぶっぱなした光線くらって沈んでる最中や。それにお前らも助からん。もうすぐ喪失兵器ロストウェポンから切り離されて死ぬやろ」

「ええ! やっぱり死ぬんですね! うわぁ! いっぱいやり残した気がする!」


 僕は声を上げて、えんえんと泣き出した。薄目を開けると、カティアの後ろからダチョウが飛び出した。カティアは逃げて行くダチョウには気がつかない。


「靴下君。私がメロルートと手を組んだんは、父親を生き返らせようとしたからや。そんな欲出さずに、素直に玉座を目指せば良かったなぁ。骨は観賞用にするべきやった」

「も、もしかして、先生が死んだのも?」


 カティアは首をふった。


「先生の死に私はタッチしてへん。単純にニーチェに負けただけや。だけど、その衝撃で、次々とお前らの記憶が戻り始めて、喪失兵器の力が制御出来なくなった。あの事がなかったら、こんな風にはなってなかったかもな」

「でも、川を渡る前に殺せって、メロルートが言ったんでしょ?」

「私が川を渡る前に、お前らになんかしたか? 私は誤魔化しながら北上して、メロルートも童顔コラダもぶち倒して、支配下におくつもりやったんや。それから玉座を目指して世界平和を願う。完璧なプランやったのになぁ」


 ダチョウの姿が小さくなる。思えば大地はうねっているのに、その上を駆け抜けていく。僕の肩から力が抜けた。


「ま、いっかなぁ……。帰っても誰も僕の事なんて待ってないし、なんか最後にワケわかんないけど、大きな事をしでかしたみたいだし……この辺が死に時かな?」

「そうやな。世界が終わる盛大なステージや。全部私のせいやから、靴下君は気にせずに死んでな。あっ、そうそう、なんか心残りはないか?」


 カティアが僕をじっと見る。僕の心を透かそうとしている。


「お前らの大切な思い出を、エサにして悪かったな。もう契約なんてせえへんから、最後に会っていかへんか?」

「誰に?」

「お前のママに」


 おさまっていた涙が、また溢れてくる。

 ――そりゃ会いたいよママに。会いたいよ、会いたい。

 カティアは微笑んで、両手を広げた。

 ――瞬きをすると、そこにママが立っていた。ママは晩御飯は何がいいかと訊いてきた。僕は、オムライスやハンバーグが好きだから、今日はハンバーグで、明日はオムライスが食べたいと言った。わかったと言って、ママは僕を抱き締めてくれた。とても温かくて安心する。

 ダチョウの姿はもう見えない。でも、あの後を追いかけたら、またママに会えるだろうと思った。

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喪失兵器―ロストウェポン― 星屑コウタ @cafu

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