第48話 さすが第一書記ですね

 コラダの放った火が、ようやく消えた。静電気のせいで纏わり付く羽毛みたいな火だ。


「六股君。また書記だ」

「え? ああ、そうだな。あのさ、……俺の事はダイゴと呼んで。記憶が戻った。俺は佐々木ダイゴだった」

「ダイゴ! だったら僕はハルトで」

「わかった!」

「香さんは大丈夫ですか?」

「うん。泣いている場合じゃない。何とか切り抜けて、皆で家に帰ろう」

「い、いっ――」


 ――家に? どうやって?


「戦うんだよ! カティアを捕まえて帰る方法を吐かせるしかねぇ!」


 ダイゴ(六股)君が言った。


 色々起こる。

 僕達の記憶が戻ってから、次から次へと色々起こる。カティアを見る。獣に乗った若い女と並んでいた。その構図は、完全に僕達と敵対関係にある。

 カティアには、盛大に謝って貰わないといけない。人の想いや傷をエサにして、仕事をさせてはいけない。そして、僕達を殺そうとした事を、心の底から後悔してもらう。


「私を捕まえるって? やってみいや!」

「待ちなさい。あなたが戦わなくても大丈夫」

 

 負けず嫌いなカティアを、コラダがいさめる。子供が大人を叱っているように見える。


「ついに来られた。これで安心だ」


 黒い獣の上でコラダは震えた。


「主が来られた。来てくださった。人間でありながら、神の代行者であられるメロルートさま。ああ、本当に、この方がこの時代に生きていてくださって良かった。カティアよ。あなたが犯した罪を償う為に来てくださったのよ」


 コラダがそう言うと、カティアがあからさまに嫌な顔をした。


「うげぇ……、あの女が来よったんか……」


 カティアとコラダが言う人物は、この土地の管理者、第一書記のメロルートの事だろう。

 僕達は構える。目を見張るが暗闇が深すぎて何も見えない。なら耳をすます。歯車の回転音が僅かにする。スピードのわりには音は小さい。虫の声、カエルの声。後方からダリューン川の流れ。大地は広々としていたから、風の走る音もする。

 カエルが鳴きながらやって来た。コラダが跨がる獣の前まで飛んできて、爆竹で破裂したように鋭い音を出して弾けた。

 カエルの中から女が出てきた。はじめは粒のように小さかったのに、みるみる大きくなって、コラダの前に立った。銀色の長い髪、整った顔。コラダと同じ服を着ている。


「か、カエルさんが吹っ飛んだ……。うわぁ……。なんで、そんな所から出てくるんやぁ……もっと他にあるやろ、最悪やぁ……」


 カティアが頭を抱えながら呻いた。カエルから飛び出した銀髪の女は、コラダに不満を言った。見た目は大人なのに、声は子供のように幼い声だ。


「こんな夜中に私を呼ばないでくれるかしら? ねえコラダ、聞いてますの?」

「はい、メロルートさま。誠に申し訳ありませぬ」


 コラダは獣から降りようとはしなかったが、背中を向けているメロルートに、獣の背に額を擦り付けて詫びた。


「私は太陽が好きなのよ。何度も言ってるでしょ。太陽がないと不安で押し潰されそうになるのよ」

「はい。セロトニンでございますね」

「……正解よ。勉強したようね。えらいわ。じゃあ、次はカティアよ」

「うげっ」


 カティアは硬直する。メロルートが苦手なようだ。


「私は言ったはずよね。喪失武器ロストウェポンなんて使っていたら、いつか手に負えなくなるって」

「うっ……」

「川を渡る前までに、上手くやれとも言ったわよね。何なの? 滅茶苦茶反抗されて、まだ三匹もピンピンしてるじゃない。あなた、こいつらがバースの大地で暴れまくったらどうするつもり? また宇宙の片隅まで逃げる気かしら? その時は一人で行きなさいね」

「五月蝿いわ! ちゃんと契約で縛り付けとくつもりやったんや! 他人ひとの失敗を、やいやい言うな!」

「それが無理だと最初から、言っていたのよ!」

「そんなん言ってなかった!」

「え――! すごいわ! すごい水掛け論になりそう! この女面倒くさいわ! コラダ、こいつの口を封じなさい」

「メロルートさま。落ち着きましょう」

「ああ、イライラする。夜のせいだわ! 太陽光を浴びたいわ!」


 ――完璧にぐるだ。

 会話を聞いて確信した。カティアとここにいる第一書記のメロルート、それから獣に跨がった第四書記のコラダ。こいつらは仲間だ。契約から逃れた僕達を、いや、そうなる前から消そうとしていた。

 

 ――ああ、先生! 僕達は、こんな奴らに騙されていたのか! くそっ。くそっ! 生きていてくれたら助けてくれるのに! ごめんなさい、こんな時ばっか思い出して――!


 六股君……、いやダイゴ君が、立ち眩みみたいに少し揺れた。


「ああ、こいつだ……」

「こいつ、て?」


 ダイゴ君が、右手のひらで片目を隠す。


「前に、頭の中で声がするって言ってたの覚えてるか?」

「ええっと……」

「カティアが俺らに名前をつけていた時だよ」

「ああ!」


 思い出した。昔の記憶も混じって、何が本当なのか訳が分からなくなっている。確かにそんな事があった。ダイゴ君の契約が仮契約に戻ってるとか何とか言って、カティアが怒った時だ。


「そん時の声だよ。川を渡ったら殺す、て頭の中で言ってたのはこいつだ……」


 ダイゴ(六股)君がそういうと、メロルートは微笑んだ。


「カティアと接触するために、あなたに中継してもらったのよ。忠告はオマケ。馬鹿かと思っていたのに覚えてるのね。なかなか賢いわ。でも、やっぱり――」


 夜の闇から轟音がする。何かが物凄い勢いで迫ってくる。


「私の忠告を無視するのは、馬鹿のやる事よね――!」


 音の正体はすぐにわかった。水だ。ダリューン川が氾濫して、水が高い波になって押し寄せてくるのだ。この暗闇の中、僕達の視界から星空を奪いながら迫ってくる。


「第一書記メロルートの名にて命ずるわ。バースの大地よ。異界より侵入せしめし異物を取り除きなさい。喪失武器が最強無敵と呼ばれた時代に、私は居なかった。私は居なかった!」


 ――まさか!? 嘘でしょ?

 メロルートが契約しているのは、まさか……。


 バースの大地? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る