第7話 二大勢力はスルーしましょう
「言え! 誰の差し金や! はよ言え!」
カティアは金髪君に詰め寄りながら、ボロボロの契約書を取り出した。
「えっと、誰かは分かんないけど、さっきから頭の中で声がするっす。何とかならないっすか? 流石に五月蝿くてたまんない」
「ほな、これでも食らえや!」
カティアは広げた契約書を、金髪君の顔面に押し当てようとする。鼻の頭から【でいえぬえい】という謎の物体を取り出し、無理矢理契約を結ぶ気だ。
顔面への紙の押し付けが、強力なボレーを放つテニス部のエースのようだった。立上がり動作の途中だった金髪君は、まともに食らって後方に派手に吹き飛ぶ。その姿は、挫折に苦しむスポーツマンのように、夕日を背景にゆっくりと沈んでいく。首が曲がっては、いけない方向に曲がった。
「ぎゃああ、痛いっす! カティアさん、タンマタンマ!」
「契約更新完了や! 思い出せ、誰の仕業や! 私をいつから監視しとった?」
「ゲホゲホッ……、いつって、いつかなぁ? 頭の中の声に気がついたのは少し前かなぁ?」
「今は聞こえないのかい?」
スーツ姿の先生が二人の会話に割って入る。もがいている金髪君を抱き起した。その動きが手慣れていて、普段から先生はこういった揉め事に、よく遭遇しているのではないかと思った。涙目で鼻を押さえている金髪君は、首を大きく縦に振っている。
「カティアさん、金髪君は恐らく被害者ですよ。もう少し優しくしてあげたらどうですか?」
「先生は、邪魔すんなや! 私はこの浮気者に聞いとるんや! 何番目の書記か、はよ言え!」
「か、カティアさん、俺、本当に分からないっす。すんません!!」
「なんやとぉ!」
「頭の中の声は、何と言っていたんだい? それがヒントになるかも知れないよ」
見事に場を取り持つ先生。金髪君は、まだ鼻を押さえている。
「か、川を渡ったら殺すって」
「殺すって、穏やかじゃないな。川とも言ったのかい? その声は男だったかい? それとも女?」
「お、女の人の声だったっす!」
先生はカティアを振り向く。
「川の向こうにおんのは、第一、第二書記の二大勢力や。玉座を挟んでお互い睨み合うとる筈やのに、こっちにまで手を出してくるとは余裕やのぅ。先ずは警告ちゅうところか」
カティアはニヤリと笑う。標的を見つけたハンターのようだ。
「ええで、ええで。面白なってきた。もう契約を塗り替えられんように、兄ちゃんの名前を決めとこか」
ごくりと僕は唾を飲む。金髪君の命名が始まる。無難に名前を付けるなら「金髪君」だろうが、斜め上から回答が降ってきそうで怖い。
「お前は二股君や。浮気しよって」
「え? 俺、二股っすか?」
「そうや。
「俺、彼女六人いるっすよ!」
金髪君、いや、二股君は馬鹿なんだと思う。少しだけ鼻血が出ていて、ブレザーの裾で拭いている。案の定、カティアが怒った。
「女の敵は地獄に落ちろ! 出てこい亡者ども!」
「ぎゃああ!!」
地面から骸骨の手が無数に生えて、金髪君を捕まえた。端から見ると、こんな感じかと僕は思わず頷いた。閑散とした村に響く悲鳴。正義のヒーローがいるなら、最優先で助けに来るだろう。だが、ここには居ない。カティアが飽きるまで、僕達は
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