第30話 さようならまた明日
◼️◼️◼️カティアがオハナさんを真っ二つにした頃、六股君が所属する右軍では、こんなやり取りがあった◼️◼️◼️
「おい、
「ん? それって俺の事」
六股君を呼んだのは、第十二書記ダストンのお仲間である雪男だ。戦闘が始まって両軍が入り乱れている中を、透明な騎馬を操作して近付いてくる。六股君は、歯車が積み重なった頭部をセパレートさせた。じっとりと汗で濡れている金髪が出てくる。
「中央からの近況報告だ」
雪男は言った。
「中央? ああ、真ん中の軍ね」
「カティアが孤立した」
「はぇぇぇ! カティアさん孤立すんのはぇぇぇ!」
雪の兵士に守られながら、六股君は驚きを隠せなかった。
――なにやってんの? あの人は……。無茶やってそうだなぁ……。
眉間にシワを寄せて、軽くイラついてしまう。ふと、そんな自分を、六股君は意外に思った。
いつもヘラヘラニコニコと過ごし、暇さえあれば可愛い女の子とイチャイチャする。それが自分だ。正直それ以外には関心がないし、他人がどうなろうと知ったこっちゃない。自分さえ気持ちよければそれでいい。
普段の自分は、特に何もしない幽霊みたいな存在だ。
疲れるから――。真剣になる意味が分からないから――。毎日は、興味のない事で埋め尽くされていて、とても退屈だ。いや、どこかに忘れてきてしまったのか――?
だけど……、この世界の非日常に巻き込まれてから、そういった「無関心」が通じなくなっている。今も必要以上に驚いてしまった。何かしなくてはと使命感に駆られそうになった。だが――、それは「自分」らしくない。
――まあ、あの人なら何とかするか……。うん。多分大丈夫だろ。
六股君はそこまで考えて、もう一度歯車のヘルメットを装着した。
「じゃあ、雪男さん。また何かあったら伝令よろしく――!」
◼️◼️◼️同じ頃、先生が率いる左軍では◼️◼️◼️
戦いの混雑から少し離れて、先生は一匹の地竜と対峙していた。その地竜は、他の地竜と同じように背中には鞍が取り付けられていて、人形が手綱を握っている。だが、その人形は何か変だった。少しの高台から、戦場を遠巻きに眺めていたのだ。すぐにそこから意思のようなもの、指示命令が出ている事に気が付いた先生は、それを邪魔するべく行動に移った。
「もしかして、貴女が第九書記のニーチェさんですか?」
「よく、わかったな。紛れていたのに大した目だ」
人形の役を辞めて、ニーチェは滑らかに首を動かした。薄く微笑んでいる。
「目が良いんですよ。今はメガネもいらないぐらいに……見た目は完全に人形というか、お子様ですね。全力でお相手してもいいですか? 手加減がいりそうですね?」
歯車だらけの先生は、普段よりも一回り大きい。対するニーチェは地竜に跨っているとはいえ、子供並みの背丈しかなかった。
「心配しなくていいぞ人間。私は夢魔。二百歳だ」
「夢魔ですか、なるほど……いや、さっぱりだな。まあ、いいです。では遠慮なく尋常に……」
と油断も隙もなく拳法の構えをしたら、急に世界が揺れた。
先生は普段、貧血など起こしたことはないが、朝礼で倒れる生徒の姿がふと浮かんだ。
――おのれ夢魔め。私に何をした?
先生は人形のような少女を睨んだまま、前のめりに倒れた。
………………。
…………。
……。
「先生は、どうして先生になろうと思ったんですか?」
顔を洗って部室に帰ってくると、飯田という生徒が廊下に出ていた。顔はなぜだかモザイクがかけられたように不明瞭であるにもかかわらず、先生には、その生徒が飯田さんだと、はっきりと分かった。
「理由? 理由か……。私の学生時代は、非常につまらなかった。何の思い出もない。見たら分かるだろ? 分厚い眼鏡をかけて漫画ばかり読んでいた。運動は苦手。部活もしていなかったし、帰り道に遊ぶ友達もいなかった。予備校に通って勉強して、終わったらまっすぐ家に帰って寝てたな。多分、それが理由だよ。もう一度高校生活をやり直したくなったんだ」
と先生はスラスラ言った。飯田さんは少し驚いたようだった。
「は? 先生ってモロに陰キャだったんですね。今とは全然違うというか……」
「そう? 俗にいう大学デビューというやつかな。大学に入ってからは遊びまくったし、社会人になってから拳法を学んだ。そして今に至るわけさ」
「高校時代をやり直すって、先生になっても、やり直せるものなんですか?」
飯田さんは、疑問を投げかける。先生は首を傾げた。
「どうだろうか。でも、飽き性な私でも続いているから、きっと楽しいのかもな。教室の隅っこで一人でいる生徒を観察していると、何を考えているのかな~って想像が膨らむよ」
「だから私に声をかけたんですか? 部活やらないかって」
先生は片手を振った。
「違う違う。そんなお節介なことはしない。一人でいて何が悪いんだ。単純に廃部の危機を救ってもらうために、心の広そうな生徒に声をかけてたんだよ」
「それが私?」
「そう君」
「先生に利用された~」
飯田さんは頭を抱えた。先生は笑う。
「身体を鍛えることは健康な思考にも結び付く、とても良いことだよ。暫くは先生に付き合いなさい」
「わ、わかりました~。あっ! 一年生に足上げやらせたままだった!」
飯田さんは、慌てて部室の中に引っ込んだ。先生が続いているのに扉を閉めてしまう。中から、ごめんなさい、という声がした。
――お陰様で、毎日が充実した高校生活を送れているよ。飯田さん、ありがとう。
閉じられた扉の前で、先生ははにかんだ。
■■■左軍より報告。左軍劣勢。
「ん!? んんん!? 今のは夢か? 何が起こった?」
先生は焦げ茶色の地面に両手をついで喘いでいた。頭の部分の歯車を緊急切開させて、新鮮な酸素を取り込む。
――はぁはぁ……!
顔を上げると、すぐ近くに地竜が立っていた。鞍に跨った第九書記のニーチェが、先生を無表情に見ている。
「お前の記憶の、その女。お前の恋しい人物か? もう一度会わせてやろうか? ただしお前が、投降して装甲を解除するのならの話だが……」
見た目とは裏腹に、ニーチェの声は陰鬱だ。地を這って届いてくる。
「記憶、記憶か……。なるほど。夢魔とは、こういった趣味の悪いことをする生き物なのですね。人の記憶を覗き込むなんて……」
と言って先生は立ちあがる。両腕の歯車がうねりを上げて回転をしだす。
「余計なお世話ですよ。彼女には自力で会いに行きます。記憶の中の彼女ではなく本物にね」
先生が重心を低くして構えると、ニーチェは地竜に吊り下げていた長大な槍を取り出した。柄の部分まで金属製だと思われる槍は、恐らくはニーチェの全体重よりも重いのではないかという印象を受ける。
しかしニーチェは、そのような事はお構いなしに、槍を豪快に振り回す。達人のそれだと思わせる見事な槍さばきだ。
先生が獲得している夢限流拳法に、武器を使った技はない。だが対抗する手段はいくつか教えられている。
――まさか実戦で役に立つ日が来るなんて。
先生は、人生は不思議なものだと思い始める。
高校生の時、教室の隅で人目を避けながら過ごした有り余る時間。考える暇は、溺れそうなぐらいに一杯あった。色々な事を考えて想像して夢想した。その時に思い描いていたであろうか? 今の自分の姿を。人ではない精霊の軍隊を率いて、巨大な爬虫類に対峙する自分を。
――人生は面白い。飯田さんに伝えよう。この世界の話を、どこまで信じてくれるだろうか? きっと彼女はとても素直な女性だから、いちいちびっくりするはずだ。その反応が見てみたい。早く帰って見てみたい。
先生は切開されたままの頭部を元に戻そうとした。少し戦って分かった事だが、
「――――!!!」
先生は痺れる手の平を見つめた。手だけではなく足も胴体も小刻みに震えた。早く露出している頭部を装甲で覆いたいが、うまく作動させることが出来ない。レバーを下げるとか、スイッチを押すような作業ではない。意思だ。感覚だ。想いを乗せて身体を動かすのだ。それが今、不思議なぐらいに上手くいかない。
「苦しくても装甲を開けるべきではなかったな。目から神経を麻痺させる毒を入れた。もうお前は、動けないし逃げられない。ああ、どうしようか? ペットにするにはお前は少々生意気だなぁ」
ニーチェが駆る地竜が、先生を踏みつけてしまいそうな距離に立つ。他の竜騎兵も集まって来たようだ。
先生は飯田さんが言った言葉を思い出した。
――高校時代をやり直すって、先生になっても、やり直せるもんですか?
……やり直せたよ飯田さん。君が居たから私はできたんだ。青春という奴の存在を、初めて知ることができたんだよ――。
「いやはや、大ピンチだ。口元も痺れてきましたよ。まともに動けたとしても、あと一撃……。だとしても、夢魔よ。貴女には負けない。貴女は仕出かした。私と飯田さんの想い出に、ズカズカと入り込んだ。それを私は――!!」
先生は大きく息を吸い込む。すると石のように固まり始めた身体に、滑らかさが戻ってくる。
「絶対に許さない!」
■■■右軍より報告。第十一書記のゲヘナが二千騎を伴って現れた。軍の横腹を突かれた。右軍は崩壊しそうな勢いだ。至急指示を求む! 至急至急! ■■■
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