第38話 怖くて仕方がない
竜が墜落した場所を睨んで、カティアは震える声を出した。
「よ、よし、私らも行くで!」
「わかりました」と従順に返事をする僕。
「雪の兵士も、ついてきて! ここが正念場や!」
雪の兵士は、どれくらい生き残った? カティアが号令をかけると、火を避けながらぞろぞろと集まってくる。まだ三千や四千は残ってくれているか? 全員が、大なり小なりの怪我をしていてボロボロだ。
「ええか、お前ら! 火竜には、第十一書記のゲヘナが乗っとった! あいつをぶち殺せば、竜どもの支配は解ける! そしたら私らの勝ちや! もう少しだけ頑張れ、戦況をひっくり返すでぇ――!!」
カティアが鼓舞しても、雪の兵士の感情は乏しい。だが、こちらの思惑は届いている。隊列が整うのを待って、カティアは右手を振った。
「進めぇ――!!」
僕達は
土と埃にまみれていた火竜が、ふいに頭を持ち上げた。その時に、まさかの事態が判明する。
――あれ? いない!
角に掴まっていたゲヘナがいない。地面との衝突に対応出来なかったのか? 投げ出されてしまったようだ。
乗り手を失った竜は口を開けた。その口の中は、赤い色で一杯だった。また手の届かない距離から、破壊の矢に狙われている。
「ああ、そんなぁ! まずいぞぉ、こっちを向いているよ。さよならママ――!!」
「靴下君! 回避! 回避ィィィ――!」
「うあああ――!」
右か左か? 僕はなだらかな方を選んで、咄嗟に右に避けた。引っ張っている青銅の戦車には、大きな横揺れの力が加わる。
竜の息は着弾したが、少し後ろの方だった。だが、爆風と熱で戦車が押された。土や砂が高く高く舞い上がり、塊は、ぼとぼとと頭の上から落ちて来た。
「カティアさん無事ですか!? またやられましたぁ!」
カティアは戦車の荷台に座り込んでいる。首だけしか見えない。
「ど、泥だらけやけど大丈夫や! 進むんや、靴下君。進め進め――!」
「はいぃぃ! 了解です!」
カティアが進め進めと言う度に、頭の中で契約が音を鳴らす。僕は必死に戦車を引っ張った。
だけど駄目だ。心が反対を向いていく。急に恐ろしくなってきて、全力で近付きたくない。竜の息が当たってしまえばきっと死ぬ。
――引きこもりが挑戦する試練じゃないでしょ――!
僕達は竜に辿り着いた。
朱色の鱗を持つ竜は、左の翼と肩が地面に埋まり、長い首を地上に伸ばしている。その首の周りを飛び回る六枚の円盤があった。飛んでは斬りつけるを繰り返していて、竜が嫌がっている。
ここまで辿り着けたのは、六股君のおかげだと思った。
――やっぱり凄いよ六股君は、もう……、笑っちゃうぐらいに。
少しの沈黙のあと――。
「全軍突撃や!! 竜を殺せ――!! ゲヘナを捕まえろ――!!」
第十三書記のカティアから、借り物の軍に最終命令が下る。追随してきたのは千か二千か? よく分からない。とにかく傷だらけの軍団が、負けそうな戦いを挑む場面だ。
「うおぉぉぉ――!!」
僕は大きな声をあげた。あげないと、このまま恐怖に飲まれてしまいそうだった。雪の兵士達とともに突撃を開始する。契約の力が働いて、足取りは信じられないほど軽い。戦車の鎖はここで放した。カティアには、ここで待っていて欲しい――。
僕達は竜に襲い掛かった。
――ああ、もうっ、本当に生き物か!?
歯車はすでに、猛烈な回転を始めている。今まで以上に激しい回転だ。肘から手首までを占める歯で殴りつけると、ようやく鱗に浅い傷がついた。コンクリートの壁を殴ったみたいだ。僕は、もう一度振りかぶる。硬くても穴を開けないと――。その時に、六股君の声が空から降ってきた。
「――靴下君! 逃げろ!」
「へっ?」
大きな影が重なったので上を向くと、僕を殺そうとする目と視線が合った。鱗を傷つけたのが、気にくわない様子だ。
火竜の頭部には、無数の角が生えており、その角を叩きつけてきた。咄嗟に僕は飛びのいた。無我夢中に跳んだら、予想よりも随分と後ろに跳んだ。だが着地はうまくいかなくて、盛大に転けて土だらけだ。
「危なかったな。大丈夫か?」
「うわっ。びっくりしたぁ!」
そこへ文句を言いながら、六枚の円盤が飛来した。六股君の成れの果てである。突然、円盤の格好で話しかけないで欲しい。僕は死にかけて心臓がバクバク鳴ったのか、六股君のせいなのか分からなくなった。
――しかも、この円盤。どの部分から発声しているのか、いまだに謎だ。
僕は深呼吸をして、しょうもない疑問を胸にしまった。
「おかげで助かったよ。六股君も大丈夫?」
「ああ、何とか。しかし頑丈だわ。滅茶苦茶かてぇよ」
「ほ、本当だよ。僕が殴っても小さな傷がついただけだ」
「翼のつけ根はわりと柔らかいんだけどな」
「じゃあ、そこを攻めるしかないね。他にはない?」
「……そうだな。間接の辺りが弱いかな」
「よし。カティアさ――ん!」
少し離れた場所にカティアがいる。雪の兵士に、「突撃せよ」以外の命令を出して貰わなくてはいけない。
その時に気づいた。遠くから
「最悪だ! ゲヘナだ! カティアぁ――逃げて下さい!!」
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