第28話

 馬車に乗って旅をする事約一月。


ようやく名もなき村に到着した。最初の数日は馬車酔いが大変だった。何度も馬車を停めてしまい申し訳なかったよ。馬車は私の乗る馬車と、護衛の馬車、シェダム先生の乗る馬車、職人達が乗る馬車計四台で移動している。


村までは護衛のオルヴォさんも一緒に来てくれている。シェダム先生が何故一緒に来ているのかというと、前聖女の暮らしがどんなもだったのか見てみたいのだとか。家も朽ちていると思うけれど足跡は残っていると思う。


私も聖女が出入りの許可をしない限り入れないという結界も気になる。村に入ると村の人達が温かく迎えてくれた。


「代々首を長くしてお待ちしておりました。ようこそ聖女様。私は村長のナヒムです。ここでの生活で分からないことがあれば全て仰って下さい」


村長のナヒムさんの歳は三十代だろうか?とても若く見える。村長って言うからにはもっと年寄りだと思っていたんだけれど違うんだね。


「ナヒムさん、若いヨ。よろしくヨ」


 ナヒムさんに村を一通り案内してもらい、聖女の家に向かう道の前まで案内してもらった。村から一本に続く道。


「ここから我々は立ち入る事が出来ませんので聖女様の家が現在どうなっているか私共も分かっておりません。先祖代々からの言い伝えによると、小さなレンガの家で畑があり、聖女様の人柄が溢れた優しい雰囲気だったという話です」


どんなお家だったんだろう。


温かい人だったのかな。


 私は前聖女様の家に向かうために一歩足を踏み入れた。これが結界なのかな?なんとなく空気の膜のような物を感じた。


今回だけ人が通りますと念じながらオルヴォさん、ジェダム先生、職人三人とナヒムさんが後に付いて歩く。道の両脇は村とは違って森になっている。この道が無くなったら絶対に迷うこと間違いなし。五分位歩いたかな。



 森が急に開けた途端に見えた一軒の家。


私は驚いて息を呑む。


それに気づいた後ろの人達もピタリと足を止めた。


「なんてことだ……。家を建ててから何百年も経っているはずだが」


誰かがそう呟いている。


「聖女様、とりあえず家に行ってみましょう」


「うん」


 私達は不思議な感覚を覚えながら家へと向かう。今も誰かが住んでいそうな程の家で畑も綺麗に整備されていて苗も植えられている。そして恐々とドアノブを回すと、鍵はないようでそのまま部屋に入る事が出来た。


……日本式の玄関だ。


「靴、ここ脱いで」


 私は後ろの人達に話をするとみんな玄関で靴を脱ぎ始めた。足が汚いのは仕方がない後で拭くわ。玄関から右側の部屋へ入るとそこは十畳くらいなのかな?それくらいの広さのあるリビング。


木の机とテーブルがあり、手前には絨毯が敷かれて寝そべってくつろげるようになっていた。どうやら直射日光が入らないように考えられた天窓があり、リビングルームはとても明るい。そしてその奥の扉があり、入ってみるとベッドルームのようだ。


簡素なベッドとクローゼット、小さな丸テーブルと椅子が置かれている。


「……素敵ヨ」


思わず声が洩れる。


 リビングルームに続いているベッドルームとは反対の扉を開けると、通路を挟んでトイレやお風呂、キッチン、物置部屋が備え付けられていた。よく見ると、トイレはちょっと変わっているけれど、水洗トイレになっていて、お風呂は五右衛門風呂のような形をしていてキッチンのシンクの所には窓から伸びた筒状の物があった。


ガラスが綺麗にくり抜かれていてもしかして……。


 私は急いで玄関から外に出て家の裏へと回った。


……やっぱり。


凄いわ。


 ポンプ式の井戸になっていてその先に三つ又に別れている筒。きっとこれを操作してトイレとお風呂やキッチンにお水を入れるのね!感動する!トイレは何処へ流れていくんだろう?私はトイレから伸びている筒を追いかけていくと。


……なんと!


 川にそれは流されるのね。川に流すのはどうかなって一瞬思ったけれど、私一人しか住んでいないし大丈夫よね。深く考えない事にするわ。


「ミナミ様!大丈夫ですか?」


 オルヴォさんがどうやら追いかけて来てくれていたみたい。


「うん。大丈夫」


 突然走り出したらそりゃ驚くよね。私は心配されながらもまた家に戻った。さっきあんまりに急いでいたので確認していなかったけれど、よく見たらキッチンには二口の窯が用意されている。


配管を通して上手く煙が逃げるようになっていた。職人さん達は各々部屋を見回り、驚いている様子。外はレンガの作りで家の中は木の内装。けれど、そこかしこに日本人の知識や工夫がちりばめられている感じ。


 よく見ると、電球はないけれど、照明も蝋燭の光が乱反射するような物になっている。長い戦争で文明の進みが遅い上に技術の消失があるのかな。シェダム先生は必死にガラスペンを走らせている。


 リビングルームに戻ってテーブルに座ると、シェダム先生や職人さん達もリビングに集まってきた。


「聖女様。家の中を見て回りましたが、特に故障など見当たりませんでした。今すぐ使える状態です。それに我々の住んでいる家とは少し違う部分があり大変興味深い。外も見回っても良いですか?」


私は頷く。私も外が気になるもの。


 また靴を履きなおして外を見回る。


 どうやら先ほど見たポンプ式の井戸が職人達の興味を引いたみたい。なるほど、と感嘆している。そして五右衛門風呂の火を焚く所にも驚いていた。もちろんキッチンの煙突も。どうやらこの村は冬が無いらしく一年中温暖な気候らしく過ごしやすいのだとか。


王都も日本のように四季があるわけじゃないんだけどね。ここは水が豊富にあるからお風呂も気兼ねなく入れるのね。そして外には物置があった。農作業をする道具や巻き割りの道具が置いてあった。あとザル。


きっと野菜をここで日陰干しするのかな?よく分からないけど。


「ミナミ様、私は興奮しっぱなしです」


 一通り見て回ってシェダム先生やナヒムさんは感動している様子。職人さん達も三人でどうだこうだと家について話をしている。見かねたオルヴォさんが口を開いた。


「ミナミ様、私達は一旦村の方に戻ります。三日ほど過ごして不足しているものがないか確認した後、王都へと帰る予定です」


オルヴォさんはそう言って先生達と村へ戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る