第8話

 ここは……?


 私が目を覚ますと視界に広がる可愛い部屋。さっきまで居た部屋、じゃない?食事をまともにしていなかったせいか動く事もままならない。気怠いため息を一つ吐く。


はぁ、あの時このまま死ぬんだと思った。


何で生きているんだろう私。


何もしたくない。


 無気力が私を襲う。考える事もしたくない。ただボーッと目を開けていると、視界には見たことのない女の人と目が合った。女の人と目が合うとその人は驚いたような顔をして部屋を出て行った。


私はその後ろ姿を見つめるだけ。ただ、それだけ。暫くすると、女の人は大きなおじいちゃんを連れてきた。白衣を着ているからきっとお医者さんなのかも。お医者さんは聴診器みたいな物で私を調べて目を開いたり、何かを話し掛けたりしてきた。


けれど、私は答えない。


答える気力もない。


ただボーッとしているの。


それが一番楽なの。


 お医者さんは女の人と何かを話しているわ。彼女は助手なのかな。私は表情を変える事無く、ジーッと二人を見ている。すると扉がノックされ、二人ともそちらに視線を向ける。部屋に入って来たのは初日や捕まえられた日に見た王様だ。


私の方に歩いてきた。跪いて私に視線を合わせようとしているのか。何か一言二言言葉を掛けてくる。この間のように怒っている様子ではない。私の手を取り、また何か話しをしている。


どちらかといえば何か心配しているような、感じ?私は王様に視線を合わせていたけれど、なんだか疲れてしまったのでそのまま目を閉じてしまった。



 次に目を覚ましたのは明るい時間だった。ベッドから背を起こし窓を眺める。助手さんはどうやら濡らしたタオルで私の身体を優しく丁寧に拭いてくれている。その後、髪を拭いてオイルのような物を付けてくれた。私はただ見つめるだけ、それだけ。されるがままに。


 食事も三食助手さんが持ってきて私の口に運んでくれる。最初は流動食だったものが固形入りのスープ、固形物、柔らかくしたパンなど少しずつ食事を変えて食べさせてくれている。王様は夜になると毎晩私の部屋へ来て何かを話してから起き上がっている私をベッドに寝かせて部屋を出ていく。



 どれくらいの日にちが経ったのかは分からない。


視線を窓に向けると窓の外はいつも曇り空。私の心を映しているみたい。





 ある日、教会の偉い人が着るような服を着た背の高いおじいちゃんが私の部屋に入ってきた。私に跪いて何かを話しているわ。何か長い話を延々としている。何かを説明しているのかもしれない。


私はそのまま窓の方に視線を向けた。だってずっとおじいちゃんを見ていても分からないし。暫くすると部屋には助手さんしか居なくなった。助手さんも時間になると部屋を出ていく。


静かになった部屋を私はただ眺める。


私って何のために生きているんだろう。


また何度か眠りについて起きた時、部屋には何人かの人達がいそいそと荷造りをしている。


……どうやら私はどこかに連れていかれるのね。


 今度はどこだろう。奴隷となるのかな。殺されるのかな。身体が重くて思うように考えられないし、動けないでいる。


目を閉じてしまえば、次に目をあけた時、何かが変わっているのか。私はそのまま目を閉じた。


 誰かが私を抱き上げて何処かへ連れていくのを感じる。あぁ、このまま、私の存在を消してしまいたい。


けれど、私の思いとは裏腹に乗り物に乗せられたみたい。目を開けると、一人の騎士の制服を着た男の人が私に膝枕をしている事に気づいた。この人が私をここまで運んだのだろうか?


向かいには助手さんが座っている。休憩を入れながらも何処かへ移動しているらしい。そして乗せられていたのは自動車ではなく、馬車だった。


 

 数日かけて馬車はどこかの村に到着した。私は騎士にお姫様抱っこで教会の中に運ばれた。どうやら何処かへ売り飛ばされるという事はなかったみたい。私は教会の一室に運ばれると神父と思われる人が私に話し掛けてくる。私が口を開かないでいると代わりに助手さんが何かを話している。


その後、神父に呼ばれたようで二人のシスターが顔を出した。そして私に向かって何かを話している。きっと挨拶をしているのだと思った。ボーッと眺めているとどうやら馬車と助手さんは戻るみたい。


騎士はそのまま教会に住むらしい事は分かった。私は騎士にベッドまで連れてこられた。今日からここが私の部屋になるのだろう。


 先日までいた部屋とは違い、小さなベッドが一つ、勉強机の大きさ位の机と椅子だけが置いてある簡素な部屋。きっと畳で言う六畳一間という感じかもしれない。


私にはちょうどいいけれど、この世界の人達には手狭な部屋なのだと思う。きっと教会なら質素と倹約が求められるのかな。


 この日からシスターが交互に私の部屋にやってきて身体を拭いたり、食事を食べさせてくれたりしてくれている。


何日も、文句を言わず私の世話をしてくれる。偶に騎士が私を庭へと連れて行ってくれるの。お城とは違ってとてもみんな優しい。神父様だって私を気にかけて話し掛けてくれるの。


そう、みんなが私を気にかけてくれている。そう思うと何故か涙が溢れてくる。何もしない私。ただ息をしているだけの私。





 ある日、庭に連れて行かれ、片隅にある椅子に座っていると、騎士がふと私の側を離れる。何かを取りに行ったみたい。


その間、私はボーッと庭を眺めていると、二匹の猫が私の元へとやってきた。すると二匹の猫は私に頭をすり寄せたり、膝の上に乗ったりしてじゃれている。


……可愛い。


 私はにゃぁと猫なで声で甘えてくる猫達を撫でたくなった。一匹の頭を撫でると、もう一匹が私もと頭をすり寄せてくる。ふふっ、可愛い。天気もさっきまでの厚い雲から光が差してきた。天気の神様もきっと私を見てくれているのね。


 私はそっと猫の頭を撫でていると、シスターの一人が窓越しに私を見て泣いている。何故?私が不思議に思って首を傾げている間に猫たちはどこかへ行ってしまった。


騎士は手にひざ掛けを持って戻ってきた。


 その日以降、毎日お庭に出て一人で日光浴をする日が増えた。そして一人になると何故か猫や小鳥、リス達が私の元にやってきてくれる。頬ずりしてくれたり、撫でさせてたりしてくれる。その姿が可愛くてついつい嬉しくなるの。


ここに来た時は曇りの日も多かったけれど、最近は晴れている日も多くてお庭が楽しい。


猫達と一緒に遊びたくなる。でもね、ずっと寝ていたから思うように足が、身体が、動かない。立ってみようとすると上手く動けずに転んでしまうの。すると何処からかシスターや騎士が出てきて私を抱き起こしてくれる。


そんな事が何回かあると侍女や騎士がまた私の後ろにそっと付いてくれるようになった。最初はシスター達の気配で逃げていた動物達も次第に逃げなくなってきた。


 庭には季節が良いのかどんどんと花が咲き始めているのに思うように立つこともままならない。とってももどかしく思う。



 そんなある日、『足が動きますように』冗談半分で前のように私はおまじないを言ってみると、少しだけ足が光り軽くなった気がした。この世界ではおまじないが本当に効くの??私は軽くなった足に驚きと困惑が隠せない。震えながら立ち上がり、そっと歩き始める。するとずっと歩くことを拒否していた足がしっかりと身体に付いてきてくれている。


……嬉しい。


シスターは驚き、また泣いていた。

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