第15話

 この世界は電球というのが無いようでランタンを持って夜の通路を歩いていく。両側の壁には一定間隔でランタンが吊られていて真っ暗ではないのがまだマシかもしれない。教会での生活は日が暮れたら就寝する昔ながらの日の出と共に起き、日の入りと共に寝る生活だった。


電気が欲しい。真っ暗だったらお化けが出そうで怖いもん。


「ミナミ様、到着致しました」


そう声を駆けられて食堂へと入ると、ガイン殿下が私を見て一瞬目を見開いた。


「聖女っ、よく来た。とても良く似合っている」


「ありがとう」


 私が席に着くとすぐに食事が運ばれてきた。出された食事は綺麗に飾り切りされたおかずが沢山テーブルに置かれている。自分で取っていいのかな?戸惑っていると、横に付いていた従者から『どれをお取りになりますか?』と聞かれていくつか指をさして一口分ずつ取ってもらった。


緊張しながらナイフで小さく切って口に運んでいく。


「聖女、言葉が通じないとオルヴォから報告を受けている。これから暮らしていく上で不便だろう。明日から教師を付けようと思うがどうだろうか?」


 ガイン殿下はゆっくりと話してくれている。


「わかった」


 私は一言答えて頷く。話す事もないのでお互い黙々と食事を続けていく。食事は私にはとても多くて殆ど残ってしまった。なんだか申し訳ない。


「聖女、もう食べないのか?まだ食べる事が出来ないのか。……量は料理長に話をしておく」


 ガイン殿下は私の事をよく見ているんだ。確かに食べる量はこの世界に来る前よりかなり減ったと思う。虐待された時なんてパンとスープが一日一食だったしね。ニナさん達が食べさせてくれていた野菜スープを中心とした胃腸に優しい食べ物が中心だった事もあって肉料理や油が沢山使われている料理は食べづらくなっている。


気持ちはがっつり沢山食べたいんだけれど、量が食べられない。この気持ちの違和感にモヤモヤするよ。


「聖女、欲しいものはないか?」


「私、聖女、ない。私、ミナミ」


 聖女、聖女ってずっと言っているけれど、聖女って名前じゃないしね。考えたら教会に行くまで一言も喋らなかったのだから名前を知らなくても仕方がないか。


「そうか、ミナミと言うのか。可愛い名だな。ミナミ、欲しい物はあるか?」


私は食べる手を止めて欲しいものを考えてみる。んー。


「今、ない」


 だって服だって用意されているし、食事もあるし、明日から家庭教師も来るんでしょう?何にもないかな。スマホ欲しいけど、この世界にはないしね。この世界に来る時に私は身一つで来たから何にも持っていなかったんだよね。


スマホもゲームも無いし、電気も何もない。ここに来て教会で暮らしていたせいか生活がガラリと変わって何もない生活に慣れたから特に欲しいものはないかなって思っている。


「そうか、欲しいものがあったらすぐに用意するからいつでもシャンに頼むように」


ガイン殿下は優しくそう言ったので私は頷いた。なんとか食事は食べ終えた。


 私は部屋に戻ってシャンに化粧を落としてもらうとフッと緊張の糸も切れてベッドへダイブしたまま寝てしまった。


 翌日、マーヤが起こしに来てくれた。寝ぼけている間にテキパキと着替えを手伝ってもらい、食堂へと向かう。


「ミナミ、おはよう」


ガイン殿下はにっこりと微笑みながら席についている。わざわざ私を待っていてくれたのかな?


「ガイン殿下、おはよう」


「俺の事はガインでいい」


 私は昨日と同じ席に座ろうとその場所に向かうが、ガイン殿下が手招きをする。


……ガイン殿下の隣だ。


 昨日は大きな長方形のテーブルに斜め向かいに座っていた事もあってちょっと緊張するくらいだったけれど、隣になるなんて聞いていないよ。緊張するっ。席に着くと朝食が運ばれてきた。


サラダとスクランブルエッグとパン。量も調節されていてホッとして『いただきます』と言ってから朝食を食べ始める。サラダにかかっているのは果汁なのかな。とっても美味しくてパクパクと食べ進めていると、視線を感じた。


「ミナミ、美味しいか?」


「美味しい」


「そうか。よかった」


 ガイン殿下はニコニコと私を見ながら楽しそうに食事をしている。食後にはラズベリーのような赤い実が出てきた。きっと食後のデザートなのかな。私はパクッと口に入れると、爽やかな香りが鼻を通り、甘味が口の中に広がった。


美味しい!


夢中で残りの赤い実を食べてしまった。はっ、視線が何だか刺さっている気がする。私は恐る恐る振り向くと、そこには皿を持ったガイン殿下が。


「ミナミ、そんなにロシェの実が気に入ったか。私の分もやろう」


そ、そんなにがっついていたかなっ?


 私が断ろうとして口を開けた時、何かが口の中に入った。驚いてそのままもぐもぐごっくんしたんだけれど、ロシェの実だった。ガイン殿下はその様子を見てとっても喜んでいる様子。


「ほらっ、口を開けてみろ。美味いぞ」


な、何だろう。給餌をされている。親鳥と雛になった感じがしなくもない。私は口を閉じて抵抗してみる。


「いい、私、食べる」


ガイン殿下は何が面白かったのかフッと笑った。


「まぁいい。ミナミの好きな物が一つ分かった。また用意させよう」


 そういいながら食事はなんとか終了したようだ。私は満腹のお腹をさすりながらまた部屋へと戻る。今日は自分でも一杯食べられた気がする。教会ではサリさん達が少しでも多く食べられるようにと食事を工夫してくれていたおかげで食べられる量が増えてきているけれどね。

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