第11話

  私が立ち上がり、歩いて見せるとシスターは涙を流している。いつも私のお世話を懸命にしてくれているシスター。私は彼女の元に歩いて声を掛けた。


「泣かないで?」


と。シスターは涙が止まったようで私をジッと見ている。今なんて言ったのかという顔。


「シスター、言葉、分からないよね」


 私は掠れた声でそう言うと、シスターは驚いたのか尻もちを着いた。そこまで!?と思ってしまったのは仕方がないと思う。私は何か月声を出していなかったのかよく分からないけれど、久々におまじないと共に声を出した。


ちょっと久々の自分の声に笑ってしまいそうになったわ。あぁ、ここは良い所ね。こうして私が笑うだけで喜んでくれている。私を心配してくれる人がここに居てくれるという感じ。ちょっと心が温かいかも。


シスターは気が動転しているようにも見える。


 私は指で自分を指して『ミナミ』と教えてみる。すると、シスターは自分を差して『ニナ』と答えてくれた。彼女の名はニナというんだ。


「ニナ、いつもありがとう」


 多分、これで私と言語が違うって事が伝わったと思う。ちゃんと聞いてくれたのはニナだけ。私は嬉しくなったの。


 そこからすぐに騎士に抱えられて教会の礼拝堂にみんな集まった。ニナさんが何かを神父様ともう一人のシスターと騎士に伝えている様子。すると、神父様は自分に手をあてて『パロン』と言葉にした。パロン神父様ね。次にシスターの女の人は『サリ』と口にし、最後に騎士の人『オルヴォ』と言った。


「パロン神父様にサリさん、オルヴォさん。私の名はコウサカ ミナミ。ミナミ」


 ゆっくりとだけれどジェスチャーを交えながら自分の名前を話す。すると、皆が驚いたよう。『ミナミ』と名前を口にしている。でも、名前だけしか通じない。これは相手もそう思ったようで四人が何か相談を始めている。


 私も数か月ぶりに話したり、立ったりしたから疲れちゃった。相談中に悪いけれど、眠くて瞼が重くなる。オルヴォさんがそれに気づいて私を部屋まで抱えてくれた。そっとベッドに私を置くと、何かを話してから部屋を出て行った。分からないのはいつもの事なので気にしない。私はそのままベッドで一足先に休む事にした。


 夕食になる頃には呼んでもらえるわと高を括っていたのは間違いだったみたい。目が覚めたら普通に朝だった!起こしてくれても良かったのに。暫くするとニナが朝食を持って部屋に入ってきた。


何やらジェスチャーで教えようとしている。食後に何かを書く?あぁ、この世界の言語の勉強ね。私は頷いた。とりあえず話が片言でも伝われば何とかなるかもしれないと思ったからね。



 そこからの半年は言葉と文字の勉強に入った。


 最初は全く分からなかったけれど、身近な物から覚えていった。どうやらこの世界の紙はまだ貴重品のようで、一枚がかなり高額。文字も貴族が使うもののようだ。オルヴォさんが王都から取り寄せた紙に細い羽根ペンであいうえお表のような物を作ってもらい覚える事になった。


あぁ、紙が沢山欲しい。切実に。


時間があれば絶対作るのに、と思いながら私はリハビリと勉強を頑張った。ニナ達の日常会話なら聞き取る事は何となく出来るようにはなったと思う。話す方は片言感が否めないけれど。


ニナ達はずっと私を付きっ切りでお世話してくれていたけれど、最近は村の人達の手伝いもしている事に気が付いた。天気が良いと畑を手伝う事が増えるのだとか。私が笑うと畑が潤うって言っているけれど、嘘くさい。


そう思いながらも勉強の合間は庭に出て猫達と遊ぶ事にしているの。癒しは必要よね。最近はいいお天気が続いている感じがする。特に雑草が酷くて村では雑草取りが大変なんだとか。


よし、これは私がやるしかないわ!


 この村にはおじいちゃん、おばあちゃん達しかいないみたいだけれど、特産品が出来れば若者が帰ってきて村は賑わうよね。私はパロン神父さんにお願いしてみた。


「パロン神父さん、なべ、板二個、欲しい。これ、つくる」


単語しか言えないのがもどかしいけれど、これで通じるはず。私は皮紙をパロン神父に見せた。


「ミナミ様、紙の作り方を知っているのですか?」


 私は頷く。あくまで作り方を知っているだけで一からは作ったことはないけれどね。何故知っているのかというと、夏休みの工作で作ったから。作り方を知るために伝承館に行って昔の人の作り方を教えてもらったの。


実際は牛乳パックとミキサーにお願いして完成させたのだが。一番原始的な方法なのだけれど、これが量産出来れば安価で売れるんじゃないかと思っている。(適当)たかだか十七歳の小娘に出来ることは少ない。けれど、気にせず捨てるほど安価な紙が大量に欲しいの、私は。


書いて練習しないと文字が覚えられないという切実な願い。


 私は早速雑草を刈り、小さく刻み、灰汁で煮込む。その後、水にさらしてから米を澱粉状にして繊維と絡めて布で濾す。最後に板に貼り付けてから挟んで重石を乗せて数日乾くまでまつ。原始的だわ。


 因みに米はこの世界にも存在しているようだけれど、毎日の主食という感じではないみたい。


 出来上がった紙を見てパロン神父はとても驚いていたわ。各家庭で作れそうな材料だしね。ガサガサだけれど、作っていくうちに上手に作れそうなのよね。先に粉状にしてお湯で溶かせばいいのかな?もちろんその辺の知識は私にはない。


「パロン神父さん、やすい、つくる」


「えぇ、そうですね。安く作れますね。村の人達に作り方を教えて作って貰いましょう」


 はぁ、そもそも書かないと覚えられないレベルの頭の私にはこれが今の精一杯。紙が真っ黒になるまで練習したのは仕方がない。でも、オルヴォさんから


「聖女様、作らなくても言って下されば何枚でも取り寄せます」


と言われた。チーンッてなったね。


高額だって聞いたんだもん。貴重だって。だからね、私なりに考えたのよ?まぁ、仕方がないよね。


開き直りも大事!


そうそう、どうやら私は聖女らしい。

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