第6話 ガインside3

 降り続いていた雨がこの所雪に変わり始めた。


……おかしくないか?


 この王都では温暖な気候であり、雪は降らないのだが。俺は一つの可能性に背筋が凍る。ミスカもクスターも同じ事を考えていたようだ。


「ガイン殿下、執務を後にして今すぐ聖女の元へ」


「あぁ、急ごう。聖女の部屋は用意出来たか?」


「昨日完了しており、いつでもお迎えできます」


「わかった」


 俺達は急いで聖女の部屋へと向かった。聖女の部屋の前にいるはずの護衛が居ない。


「クスター、どういう事だ?護衛がいない」


「……急ぎ確認します」


クスターはその場を離れようとしていたが、呼び止める。


「まぁ、待て。聖女に会ってからにしろ」


「承知致しました」


 クスターの顔色はすこぶる悪い。当たり前だがな。扉をノックしても返事はない。ドアノブを回すとガチャリと扉が開かれた。


「聖女、入るぞ」


そう声を掛けたが返事はない。


部屋に入って俺達は絶句するしかなかった。


「ガ、ガイン殿下っ。この部屋は聖女様の部屋なのですよね?あり得ない」


「あぁ、ミスカ。報告では聖女が暴れまわり手が付けられないと。落ち着くまで待って欲しいとあったが」


 部屋は暴れた形跡は全くなかったのだが、床には不自然なシミが沢山付いており、中には血痕を拭いた後のようなシミまで出来ていた。そしてクローゼットの引き出しを開けて雑巾のようなものが数枚干してある。


「ガイン殿下っ!これを」


 ミスカが指さしたのはテーブルに置かれてあるかびたパンと色の変わったスープ。


「どういう事だ!?こんな物を聖女は食べていたのか?聖女は何処だ?」


 ふと俺はベッドの中に小さな丸みがかった部分を見つけた。一瞬にして俺達の動きは止まった。


止まってしまったんだ。


嘘だと、嘘であってほしいと。


 俺もクスターも戦場で敵を沢山殺してきた。死体も殺す事にも慣れるほどだ。だが、それとは違ったこの部屋の様子に俺達は心凍り付き、震えるしかなかった。


一歩、また一歩と慎重にベッドへと近づく。


「聖女、寝ているのか?」


 俺はそっと手を伸ばし布団を剥ぎ取ると、そこには痩せて骨が浮いて見える聖女の姿があった。


なんという事だ!!!


死んでしまったのか。焦る俺は聖女に声を掛けながら揺さぶる。


意識はないが、まだ辛うじて呼吸をしている。


「ミスカ!!すぐに医者を呼べ!聖女の部屋に連れていく。クスター!分かっているな!」


「すぐに護衛と侍女を捕まえます。そして料理を出していた者、聖女に関わった者全て洗い出します」


 二人とも聖女の姿を見て血相を変え転がるように走り、部屋を出て行った。俺は軽くなった聖女を抱きかかえて聖女の部屋に向かう。


どうしてこんな事になっているんだ。


俺がちゃんと聖女に会っていなかったからか。執務を優先した。


聖女の事を他人任せにしていたから。


後悔ばかりが胸に去来する。歩きながら窓の外を見ると、雪は強く降り始めた。急がねば。暗澹たる思いを感じながら聖女を抱えた俺は急ぎ足で部屋に向かう。


痩せ細った聖女をしっかりと胸に抱く。


どうか、間に合ってくれ。



 聖女の部屋に到着し、ベッドに寝かせようとしていたが寒いのだろうか、微かに震えている。俺は布団で聖女を包み、ギュッと抱きかかえる。


「ガイン殿下、ペッテリ医師をお連れしました」


「すぐに通せ」


ミスカはすぐにペッテリ医師と彼の助手を通した。


「ガイン殿下、お久しぶりじゃのぉ。儂が急いで呼ばれた理由はなんじゃ?」


眼鏡を掛けた白髪の医師は優しくガイン殿下に聞いている。


「ペッテリ、急いでこの子を見てやってくれ。聖女だ」


「……聖女じゃと?」


 ペッテリ医師は包まれている少女に目をやると目を見開き、先ほどの優しさとは一変、ガイン殿下を叱った。


「早くベッドに寝かせるんじゃ!すぐに処置を開始する。ファナ、準備じゃ」


「はい。ペッテリ様」


「ガインも他の者も皆部屋から出ろ!儂が許可するまで部屋を開けてはならん」


 ペッテリ医師の大声で部屋の空気は一気に張りつめ、物々しい雰囲気が漂う。


 俺は自分の部屋へ戻り、ミスカを部屋の中に入れる。扉の外にいた衛兵達に決して中に入らないように伝えるのと、ペッテリ医師が出てきたら俺達を呼ぶように指示をした。


「状況はすこぶる最悪ですね。何故聖女様はあの状態になっているのですかね」


ミスカは厳しい表情で口を開いた。


「分からん。クスターの指示で護衛と侍女が付けられたはずだが居なかったよな」


「えぇ、そうですね。まずその者達から事情を聞くのが先でしょうね」


 あまりの事の重大さにそれ以上二人とも口を開くことができなかった。





 重苦しい雰囲気の中、どれくらい時間が経っただろうか。ペッテリ医師の補佐をしているファナが俺達を呼びに来た。聖女の部屋の扉を開けると、薬品の匂いが立ち込め聖女の頭や腕などに包帯が巻かれて痛々しい。


「ペッテリ、聖女は、どうだろうか」


「命は取り留めたが、予断は許さぬ。これほどまでにやせ細り、栄養失調に至るまで放置していたのじゃ。それにファナと確認したが、全身にあざがあった。鞭の痕もな。どういう事じゃ?」


「……わからん」


「わからんじゃと?」


ペッテリ医師はギロリとガイン殿下を睨む。


「俺は忙しさにかまけて聖女に会っていなかった。今、報告を待っているが、召喚当初に護衛と侍女を付けていたが聖女の部屋に俺が向かった時には居なかった」


「何故、今頃気づいた?」


「あぁ、それは。聖女の記述だ。聖女が喜ぶと大地は潤い、聖女が涙すると雨が降る。王都で雪は降らないだろう?流石におかしいと思い駆けつけた」


「当面はファナが聖女の世話を付きっ切りでする。それ以外は許さん。聖女が目覚めたらすぐに知らせる」


「わかった」


 ペッテリ医師の気迫に俺も引かざるをえなかった。


 世界の宝ともいうべき聖女を殺し掛けたのだ。この世界ではまだまだ人の命など軽い。だからこそ王族は命を大切にせねばならぬと教えを受けていたのに。


ましてや彼女は聖女。俺より何倍も大切に扱われなければいけないのに、このざまだ。


俺はこれ以上この部屋でもやることが無いのでこれ以上無いほどの重い足取りで執務へと戻った。

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