第29話
ここから私の一人暮らしが始まる。
物置部屋に何があるのだろうと確認すると、蝋燭や手芸セットなどの様々な日用品がきっちりと並べられていた。食料品やお金は先ほどリビングルームにオルヴォさん達が置いていってくれたので大丈夫かな。
私はリビングにあった本棚に目を向ける。恋愛小説と思われる本が数冊。そこに混じって分厚い本を何冊か見つけた。
……日本語で書かれている。
どうやら歴代の聖女が書いてきた日記のような物のようだ。
一代目の聖女、佐々木花さんのここに来るまでの経緯やこの家について書いてある。五右衛門風呂は聞いた事はあったけれど、使い方が分からなかったんだよね。二代目の聖女は小春さん。どうやら大正時代の人らしい。
そうして読んでいく間に色々な事が分かってきた。召喚される聖女はみな日本人。呼ばれる年代はまちまちで江戸時代から現代まで。ランダムで呼ばれているみたい。言葉が通じたり、通じなかったりとこれも何が作用しているか分からない。
三代目の聖女はどうやら私と同じ時代の六十歳代の青木美奈さんという人。この人が乱反射するランプやポンプ式の井戸を作ったらしい。
一代目は結界。五代目は結界や家の補修を兼ねた祝詞?を行っていたらしい。
どうやら私が丁度十五代目の聖女のようだ。時代も様々なのだけれど、みんな次の人に向けた生活の知恵を記してくれているので有難い。
聖女の全ての能力についてもみんな書いてくれている。
どうやら聖女同士でしか教えてはいけないようだ。ここに書いてあると言う事は何かがあったのね。みんなお祈りのような感じで何かしらの力を行使する事ができるのだとか。
何が得意で何が出来ないのかはやってみるしかない。
聖女の召喚前にいた時代によっては漢字が難しくて理解が出来ないのだけれど、近代・現代の聖女が訳してくれているのでなんとか読めている。
助かる!そうして日々の暮らし方を前聖女達から本で学んでいく。詳しい事は時間をかけて読んでいくけれど、貴重な資料なので私が第十五代目の聖女で一代目からの聖女様の名前や年齢、大まかな暮らしぶりくらいは紙に書いてシェダム先生に渡そうと思う。
私は竈に火をつけてフライパンに野菜と切った肉を入れる。もう一つの竈には水の入った鍋にベーコンと野菜を入れて煮込んでいく。どちらも塩味しか無いのは残念で仕方がない。そうしてパンと野菜と野菜スープを作って夕飯を頂いた。
久々に自分で料理したけれど、まぁまぁじゃないかな。聖女様の料理レシピにパンの作り方もスープもあった。後でじっくり読んでやってみる。五右衛門風呂も温いお湯でなんとか入る事ができた。そうして一日目は無事に過ごせた。
翌日の朝はスープを温めて硬いパンを浸して食べた。その後、聖女様の事を書いた紙を持って村に出るとオルヴォさんが馬車の近くで鍛錬をしていた。
「オルヴォさん、おはよう」
「おはようございます。ミナミ様。聖女様の家はどうでしたか?」
「良かったヨ。シェダム先生いる?」
私がシェダム先生の事を聞くとオルヴォさんが先生を呼んでくれた。先生は馬車で何か書いていたのかもしれない。
「ミナミ様!おはようございます。昨日は眠れましたかな?」
「シャダム先生おはよう。一杯寝たヨ。これ、本から写した」
私はすぐに手に持っていた紙の束を先生に渡す。
「……なんと。聖女様はミナミ様で十五人目なのですか。こりゃすごい。王都に帰ったら司祭に自慢します。ミナミ様、私達は明日この村を発ちますが大丈夫でしょうか?食糧や欲しいものはありますか?」
「大丈夫、思う。ナヒム村長さん、聞くヨ。あ、日記書く、本欲しい」
シェダム先生はうんうんと頷いた。
「承知致しました。日記帳を後で送り届けます。手紙やインクなども一緒に送ります。月一位になるとは思いますが、ミナミ様の生活の様子を手紙に書いて私に送って下さい。必ず返信します」
「わかったネ」
私は少しの間シェダム先生とオルヴォさんと話をしてから家へと戻った。明日に向けてやることがあったからね。聖女さん達の日記を読んで知ったけれど、小さな物なら聖女パワーを込めることができるらしい。
一年位はお守りとして持ち歩けるのだそうだ。
私は早速物置から刺繍糸を取り出してミサンガを作り始める。
切れれば願い事が叶うっていうけど、私が聖女パワーを込めるのでどうなるのかは謎。でも今思いついてすぐ出来るのはこれしかないんだよね。
編みぐるみも可愛いけれどすぐに数は作れない。毛糸もない。ここは温暖な気候だから仕方がないよね。
みんなの幸せを願いつつミサンガを必死で編んでいく。
昨日の残りのスープとパンを口の中に押し込んでひたすら編んでいく。夜は流石に蝋燭が勿体ないので早朝に起きてまた編む。
馬車はお昼になる頃に出発すると言っていたけれど、ギリギリで間に合った。私は一つだけ紙袋に入れて後は手に持って村に出た。御者さんや職人さん達は出発の準備に取り掛かっていた。
間に合って良かった。
「シェダム先生!オルヴォさん!」
私が声を掛けるとみんなが一声に振り向いた。
「ミナミ様、どうしたのです?そんなに慌てて」
「これ、みんなに作った。一年、聖女の力、ある。本、書いてた」
私の言葉にオルヴォさんもシェダム先生も目を見開いて驚いている。私は一本取り出してオルヴォさんの腕に巻いた。御者さんや職人さんにお礼を言いながら一人ひとりに付けていく。
みんなとても喜んでくれている。良かった。
シェダム先生に小さな紙袋を一つ渡した。
もちろんガイン殿下の分。
出発の時。
『道中お気をつけて。無事に王都に着きますように』私は祈りを捧げてみんなを見送った。こうして私は一人暮らしが始まった。
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