第23話 ガインside2

誕生日当日。


朝からミナミは準備に入った。


 俺はずっとソワソワするばかりでミスカが冷ややかな目で見ている。従者が俺を呼びに来た。待ってましたとばかりに俺はミナミの部屋へと逸る気持ちを押さえつつ急いだ。


……なんという事だ。


女神がいる。


神々しい雰囲気を纏ったミナミに俺は息を飲む。


「ミナミ、美しいな。……ドレスもよく似合っている」


「ガイン殿下、ありがとうございます」


 はぁ、俺はこんなにも口下手だったのだろうか。昔からそれなりにモテてはいたし、好きな女だって居た。だが、そんな過去も黒く塗りつぶせる程のミナミの素晴らしさ。


聖女の本質なのだろうか。


側にいるだけで心も浄化されるようだ。


あぁ、ミナミの側にずっと居たい。


 俺は緊張しながらミナミをエスコートして会場に入る。ミナミはやはりまだあの時の恐怖が忘れられないのだろうか。俺の心が苦しくなる。俺がしっかりしていれば、と。


「大丈夫だ。俺が付いている」


そっとミナミの耳元で話す。すると彼女は少し落ち着きを取り戻したようだ。



 宰相の司会で恙なく進行していく誕生日会。ミナミが俺に祝福の言葉を述べると、何かが俺を包むような温かさが伝わって一瞬だが光を帯びた気がする。だが、どこか身体に異常があるようには見えない。


これは聖女の祝福なのだろうか。会場にいた貴族達はあまり気づいていない様子だ。このまま貴族達に勘ぐられないように流すべきだな。


今もまだ国内も安定しきっていない状態だ。もし、祝福が本当なら国中の者が競うように聖女の奪い合いが起こるだろう。



 貴族達の挨拶の時間となった。いつもならこの席は父上の席なのだが、今年は出席していないため俺が座る。俺だけ座っていてミナミを立たせるのは良くないな。


俺はミナミの腰に手を回して抱え込むように抱き寄せる。恥ずかしそうに抵抗しているミナミも可愛くて仕方がないな。このままミナミと二人で過ごしたい。


このまま他の者達に俺とミナミの関係を示しておかないとな。誰がミナミに目を付けるか分からんからな。


 貴族達の挨拶が始まった。


どうやら聖女に喧嘩を売りたい家がいくつかあるらしい。


イエッカの二の舞いを繰り返す事も辞さないと言う事か。


「あぁ。有難う。私には婚約者候補など存在しない。全て聖女に捧げると誓っておるのでな」


ここで皆に周知させるのが一番良いだろう。ミナミは俺の顔を見て口をハクハクさせている。ちゃんとミナミにこの思いが伝わっているのだろうか。このまま口づけをしたい所だ。


侯爵は青い顔で引き下がる。


このまま黙って令嬢達は引き下がるとは思えないな。


俺はそっと視線を送りミスカに指示を出す。ミスカは頷いている。ミナミを蔑ろにしようとする家を全て蹴り落してやる。



 そんな中、居るわ居るわ、ウジャウジャと。


一夜を共にする?


くだらん。あからさまな態度にミナミは俯いてしまっている。それはそうだろう。


ミナミの前で浮気すると宣言しているようなものだからな。気分が悪い。



 貴族達の挨拶も終わり、ダンスが始まった。ミナミとダンスを踊るのが良いのだが、まだミナミはダンスを踊る事が出来ない。それに先ほどの貴族達の浅ましさを目の当たりにして疲れたのだろう。オルヴォがそっと退出を促している。


俺はミナミを降ろしそっと抱きしめて額に口づけをする。あぁ、離れがたい。俺の気持ちをもっと知ってほしい。


ミナミが会場から去って行く姿を見ていると後ろ髪を引かれる。


 ミナミが去った後、ここぞとばかりに令嬢達が俺に群がろうとするが、ミナミ以外俺に触れる事は許さん。


俺はすぐに立ち上がり、大臣達や武官達が集まっている所へと向かった。これ以上俺に令嬢を近づけると暴言を吐いてしまいそうだからな。大臣達は俺の姿を見て一礼している。


「よい。ここは祝いの場だ。楽にしてくれ」


大臣達はほっとしたようで従者からみな飲み物を貰って談笑を始めた。


「ガイン殿下、聖女様とは仲睦まじくなれたようで我々は安心いたしましたぞ」


「ここ最近は特に天気にも恵まれて我が領の小麦も収穫量が増えております。聖女様のおかげですな」


「それはうちも同じですよ。一時はどうなる事かと心配しておりましたが、今は大地も潤い始めて植物達も生き生きとしております」


「ガイン殿下、そろそろ聖女様を王妃様として迎えても宜しいのでは?」


「あぁ、その事なのだがな。俺は今すぐにでも婚姻したいと思っているが、どうやら聖女に俺の思いは全く通じていないようなのだ」


「いやはや、殿下は奥手だったとは。意外ですなっ」


「まぁ、聖女のいた世界とこの世界は大きく違うようなので少しずつ慣れて貰うしかないな。俺にもな」


ははっと大臣達が笑う。


「ところでガイン殿下、シェダム卿が嬉々として聖女様から異世界の技術を聞き取っていると聞きましたぞ?各方面に技術の転用が出来そうな物を広めて下さっていますが、我々も直接聖女様の話が聞きたいですな」


「あぁ、それはまだ先になりそうだ。彼女はイエッカのせいで極度の対人恐怖になっていてな。少しずつだがこうして慣れて貰っているのだ。


それに彼女からしたら我々は巨人族なのだそうだぞ?アンガー、お前は特に背が高いから怖がるかもしれんな」


アンガーと呼ばれた大臣の背は二メートル十センチ程の大きな男だ。俺からしても大きな方だと思う。アンガーはガーンとショックを受けるような仕草をする。


「けれど、ペッテリ医師はどうなのです。俺より大きいでしょう?背も横も」


「ペッテリはクマさんみたいなおじいちゃんなのだとか。よく懐いているな」


「クマのおじいちゃんか。私はペッテリに勝てそうにありませんな」


「それよりもガイン殿下、ご令嬢達がソワソワしておりますがどうされるのです?」


一人の大臣が話を振ってきた。


「あぁ、その事なのだがな。俺は聖女を悲しませたくない。皆も理解しているだろう?ようやく我が伴侶を見つけた。そして伴侶が悲しむと世界が崩壊すると」


大臣達は皆、領地を持っており領地が潤う事を願っているし、イエッカの事で身をもって体験しているので頷いている。


「側妃も要らぬ。俺が皇帝となり、次代の皇帝が出来ぬ場合は兄や弟達の所から一番優秀な者を養子に迎えるさ。幸い弟は五人もいるのだしな」


 そう、俺は第三皇子で成果を一番上げていたから皇太子に一番近いとされている。そして俺もそうだが、他の兄弟達は皇帝になりたいという野心はないようだ。


兄弟達は皆、各地で政務官として気ままに過ごしている。


誰も結婚していないのが悩みの種なのだが。


「私の事は良いから兄弟にいい令嬢がいたら紹介してやってくれ」


 そうして一頻り大臣や政務官達と話をした後、俺は会場を後にする。誕生日会は終了となったのだが、引き続き舞踏会は夜が明けるまで行われる。


 各地から集まる貴族の貴重な情報交換の場であり、令嬢達の婚約者探し、貴族同士の繋がりを強める機会。ミスカやザナサン、影に指示してから立ち去る。王族の俺が居ては話せない事も多いからな。


俺は浮足立つ心を押さえつつミナミの部屋へと急いで向かう。



 ノックしてからミナミの部屋へと入った。考えてみれはミナミの部屋に入って時間を過ごすのは初めてではないだろうか。俺は年甲斐もなくドキドキと心臓が高まっているが、平然とした顔を装いながらミナミの座るソファの横へと座った。

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