第4話 ガインside

 フォルガルムダル帝国、エセルペル暦百五十三年。フォルガルムダルは周辺国との戦争を勝ち抜き帝国となった。我が国は建国してから百五十三年が経ったが、近隣の国と領土争いを続けていた。


だが、十年程前に皇帝リデューにより大きな戦争は終わり、ようやく国に平和が訪れた。世界は長年続けていた戦争により全てが疲弊し続けていた。


 人々は大地を癒し、繁栄をもたらすという伝説の聖女が現れる事を願っていた。そんな中、リデュー皇帝の第三王子であるガインはオロルソフ世界教会の協力を得て聖女召喚の儀式を行っていた。


数百年前に行われていたという聖女召喚の儀式。


 聖女が微笑むと大地は潤い、聖女が涙すると大雨が降ったという。ただ、伝説は語り継がれてはいるものの、長年の戦争により記録物の大半は焼失したため、今回行われる儀式が本当に成功するのかは賭けであった。


司教達は半年にも及ぶほど神に祈りを捧げ続けた。そして大司教の元に神からの神託が降りたのだ。『この世界に聖女を迎える』と。


 皇子を始めとした正教会は希望に満ち溢れていた。


「聖女召喚成功致しました」


 王城のホールに淡く光る魔方陣が浮かび上がると、一人の女の子が現れた。


……小さな娘だ。


まだ子供じゃないか。


 この世界では珍しい漆黒の髪。司教達が召喚成功に湧きたつ中、その聖女は戸惑った表情をしている。突然違う世界に呼ばれたのだ戸惑って当たり前だろう。異世界から呼び出した聖女は後ろ盾がない。


王子と婚姻する事で聖女の身を貴族達から守るのだと書物には書いてあった。


 教会が聖女を引き取った場合、生涯教会から守られるが国は恩恵を受ける事が少なくなる。むしろ司教と共に聖女が各国を回ると国は何の得にもならない。むしろ教会への信仰が熱くなり、国を捨てる者も増えると思われる。


そうなる事を阻止するためにも国王や王子が聖女を妻として娶るのだ。聖女を妻として迎えるまでに時間が掛かるかもしれない。


俺はそう思いながらも聖女に話し掛けた。


「よく来た。聖女よ。名前は何と言うのだ?」


 どうやら突然異世界から呼び出された事に驚き、怯えているのか。召喚に湧き上がった人々がいるここでは満足に話す事も出来ないのだろう。震えて口を開く事のない聖女を抱き上げて召喚された広間を出た。


成功するかも分からなかった聖女召喚。とりあえず、この少女を静かな所で休ませる必要があると考えた俺は王宮の一番端の客室を使う事にした。質素なのは仕方がない。聖女のための部屋を急ぎ用意せねばならぬ。


「聖女、この客室で申し訳ない。急ぎ聖女の部屋を用意するので暫くはこの部屋で我慢してくれ」


俺は少女にそう声を掛けてから部屋を後にする。執務室に戻り、ドカリと椅子に座る。


「ミスカ、聖女の部屋を急ぎ準備しろ」


「用意されるのは殿下の隣の部屋で宜しいですか?」


「あぁ」


 俺の右腕とも言われる男、ミスカ・ドーロンに指示する。少々口うるさいが、ミスカに任せれば大丈夫だろう。


「クスター、聖女に護衛を手配しろ」


「承知致しました」


クスターは俺の護衛でもあり、主に軍に関する事を担当する武官。ミスカは俺の補佐役であり、内政を担当する文官だ。


「あぁ、護衛と共に侍女も一人付けろ」


「はっ。私では侍女の良し悪しが分かりませんので同じ女である副官のイェッカ嬢に手配させます」


「……イェッカか。まぁ、仕方がない。頼んだ」


 イェッカ・バルンド。彼女はクスターの副官。同時に公爵令嬢でもある。普通、貴族令嬢であれば剣を握る事をしない。だが彼女は俺の側にいるために武官となったのだ。武官としての実力はあるのだが、俺と結婚する予定だと言い回り、俺に近づく他の令嬢を潰して回っているという噂だ。


そんな令嬢に任せても良いものかと一瞬考えが過ったが、侍女を一から雇うには時間が掛かる。とりあえず、一時的なものなので大丈夫だろうと俺は許可をした。


「あぁ、クスター。父上に前触れを出しておけ。聖女召喚の成功を報告する」


「畏まりました」


俺は聖女と夕食を取ろうと思っていたが、執務に追われて叶うことは無かった。



 翌日、聖女が挨拶に来たいと申請してきたので許可を出した。ふむ。幼いながらもしっかりしているのか?俺はそう思いながらも執務をしながら待っていると、侍女に連れられて聖女はやってきた。周囲を注意深く観察しているようだ。


「聖女よ、落ち着いただろうか?」


俺はそう聞くが聖女からの答えは無い。後ろから侍女が発言する。


「殿下、発言してもよろしいでしょうか?聖女様は昨日から落ち着かず部屋で暴れ、私にも暴力を振るっております。落ち着くにはしばらく時間が必要かと存じます」


暴力?昨日、あれほど震えていた聖女が部屋を破壊する?俺やミスカは侍女に疑問を抱いた。だが、周囲は侍女の発言を信じたようで聖女を厳しい目で見ている。


「聖女、侍女の言っていることは本当の事なのか?」


俺は聖女に質問をしたが返事は返ってこない。どちらかといえば不審な目で見ているだけだ。


「聖女様、お言葉を発する事がないという事は肯定と捉えてよろしいのでしょうか?」


 ミスカがそう話すが聖女は答えるつもりはないようだ。周囲の目が更に厳しくなったのは否めない。


だが何かが、引っかかる。


 そう思いながらも執務はまだ膨大に残っている。聖女に部屋で待っていて欲しいと伝え、騎士に部屋まで送らせた。


 その夜、クスターから聖女はまだ落ち着かない、数日会うことを控えて欲しいと侍女からの申し出があったと報告を受けた。


俺は悩んだが、クスターを疑う訳では無いので暫く会いに行く事を控える事にした。


何故自分の目で確認していなかったのかと後悔する事になっていたとはしらずに。





「ガイン殿下、陛下から面会の申請が下りました」


「分かった。今すぐに向かう」


申請してから二日後、ようやく父への面会が通った。父が病に伏してから俺や弟のカロッツォは仕事を代わり、執務に追われ、忙しい日々を送っている。長年の戦に勝ってきた父も病には勝てないようだ。


「父上、ガイン参上致しました」


「あぁ、ガインか。儂に報告せねばならんことがあるな?」


父は少し見ない間にまた痩せたようだ。腕に嵌めているブレスレッドが口にせずとも物語っていた。


「先日、聖女召喚が成功致しました」


「ほぉ、先日から天気が荒れていたのはそのせいか」


「はい。現在聖女は落ち着かない様子で天気も聖女に引きずられている様子。暫くすれば大地も潤い始めるでしょう」


父はハァ、と溜息を一つ吐いた。


「何故聖女を召喚したのだ?召喚をせずとも人々は生活できておるであろう。この様子では聖女が困っておるのではないのか?」


「長年の戦争に国民は疲弊しております。聖女という希望を与え、更なる国の繁栄を願い召喚したのです。召喚から今だ聖女は落ち着かないとクスターからの報告が上がっております。落ち着くまで暫く聖女を休ませようと思っております」


「……だといいのだがな。まぁよい。聖女の事はお前に任せた」


 父は難しい顔をしている。何か俺の知らない情報を掴んでいるのだろうか。俺は勝手に聖女召喚を行った事を内心ヒヤヒヤとしながらなんとかやり過ごした。


父は恐ろしい。


歴戦を潜り抜けた猛者。間違いを起こせば家族でも容赦なく首を差し出せと言うだろう。背中に汗を感じながら執務室へと戻った。


「ミスカ、聖女の部屋はどれくらいで完成するのか?」


「現在壁紙の張替作業をしております。絨毯の張替え、その後、家具の選定をし、搬入となります。おおよそ二週間といったところでしょうか」


「わかった。クスター、聖女の様子は?」


「相変わらずとの報告を受けております」


「……わかった」

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