第3話

 そこから何日経っただろうか。


 私は連れてこられた部屋から出ることなく過ごしている。食事は歯が折れそうな程の硬いパンと冷たくなったスープが辛うじて三食出されている。


 意地の悪いメイド服の人がガシャンと机に置いて出ていく。メイドがそんな態度でいいのか疑問だ。そして部屋の外にいた護衛もいつしか居なくなり、メイド服の人も食事を運んでくるだけになった。


監視もされていないし、ちょっと遊びに行く位いいよね?どうせ誰も居ないんだし、探検しようかな。


私はそっと扉を開けて部屋を出た。確かこっちに階段があったわよね。


 不安になりながらも周りに見つからないように通路を歩いて階段に向かう。ここからどっちへ行こうかな?迷いながらフラフラと歩いていくうちに中庭っぽい場所に出た。


私がイメージする中庭よりずっと広いんだけどね。花が咲いていてとてもいい香りがするわ。


薔薇なのかな?花の香りに誘われて歩いていると、庭師のようなおじいちゃんが私に気づいた。


「!&%#ki;⊞」


何か分からないけれど、にこやかに話し掛けてきた。私はつい


「いい香りですね。このお花一輪いただけますか?」


 そう言葉にしてから花を1つ摘むジェスチャーをする。すると、庭師のおじいちゃんが笑って一輪切って渡してくれたの。


「おじいちゃん、ありがとう」


 私は笑って花を受け取り、部屋に戻ろうと振り返った瞬間。頬が熱く感じた。


え?


どうやら私は頬を打たれたらしい。痛みよりも驚きが大きい。


頬を叩いたのは見たこともないドレスを着た女の人だった。


どこからきたの?さっきまではいなかったのに。


「+*$#&」


 何か大声で叫ぶと城から何人かの衛兵達が現れて私を地面に押さえつけて動けなくする。


「いっ」


痛みで涙が出てくる。


……何もしていないのに。


なんで?なんで?


 辛くて思うように出来なくて涙ばかりが出てくる。そして私の心と同じように突然の大雨。押さえつけられた私は雨の跳ね返りで泥だらけとなった。


 女の人が何か言うと、衛兵達に身体を起こされ、私を後ろ手に縛られた。


……何処かへと連れていくらしい。


 庭師のおじいちゃんと視線が合うとおじいちゃんは青い顔をしてヘナヘナと座り込んでいる。何処へ連れていかれるのかしら。衛兵に連れられて歩いているけれど、先ほど頬を叩いた女の人は意気揚々と先頭を歩いている。


罪人を捕まえてとても喜んでいるように見える。貰ってはいけない花だったの?


うぅっ、恐怖と痛みで涙が出る。


そして衛兵に引っ張られながら連れていかれた先は何処かの部屋。


 王様や何人かの人達が仕事をしているように見える。仕事部屋のようだ。王様と視線が合った時、女の人が衛兵に合図し、私は衛兵に勢いよく押されて床に倒れ込む。


「グハッ」


あまりの勢いに苦しく息が漏れた。王様は立ち上がり何か怒鳴っている。


……もう嫌。誰か助けて。


女は何か王様に口答えをしているように見えるけれど、王様が何か言うと、私を睨みつけ、怒鳴りちらし部屋を出て行った。


 私を押さえつけていた衛兵は青い顔をして私を抱き起こし、ハンカチをそっと出して何かを言っている。ふと気づくと鼻から生暖かい物が垂れている感覚を覚えた。どうやらさっき強く床に打ち付けられた時に鼻血が出たのね。


ハンカチを出したって手を縛られているのにハンカチなんて使える訳がないじゃない。私の顔はきっと今見るのに堪えない顔になっている。……ようやく手を縛っていた事に気づいたようで言葉を発しながら縄を解いている。


きっと『すみませんでした』とでも謝っているのね。


 王様は眉間に皺を寄せて私に何か言っている。その表情からは私も悪い的な事なんじゃないかと感じたわ。


……アリエナイ。


 私は衛兵が差し出すハンカチにも触れず、そのまま立ち上がるとバタンと大きな音を立てて部屋を出た。


私は悪くないわ。


何にもしていない。


なんで一人こんな目に合わなきゃいけないの?




 泥にまみれ、溢れる涙と鼻血を垂れ流しながら走って部屋に戻る。もういや。帰りたいよ。


お兄ちゃん、お姉ちゃん、お父さん、お母さん。会いたいよ。誰か助けて。部屋に戻って泣き疲れるまで泣いて気づくと眠ってしまっていた。


……うぅ、今何時?


 泣きすぎたせいか頭が痛い。目を開けると辺りは暗い闇が支配している。窓の向こうに見えるのも闇ばかり。窓を打ち付ける音。あれから雨はまだ止んでいないようだ。


 私は何とか手探りでテーブルにある水差しから直接水を飲む。もういいや。何にもしたくない。私はベッドに入り、頭を抱える。『痛いの、痛いの、飛んでいけ』おまじないを言うと何だか頭が軽くなった。


この世界ではおまじないが効くのかな。そう思いながらまた眠りについた。



 翌一日、あの意地悪なメイド服の女は来なかった。食事もない。お腹が減った。誰も来ない。抜け出したいけれど、また衛兵に捕まって痛いことをされると思うと怖くて外に出られなその次の日はメイド服の女が食事を持ってきたけれど、床にぶちまけて帰ってしまった。


……仕方がない。


 私は床に転がったパンを拾い、齧る。スープはタオルで拭く。もうタオル類は何日も取り換えられていないので諦めて自分で水洗いすることにした。そこいらに干すのは仕方がない。


その次の日にはメイド服の女は鞭を持ってきて私を叩き始めた。その次の日も、またその次の日も。出される食事は一日に一回。最初は必死に食べていたけれど、最近はもう、食欲も無くなってきてどうでも良くなってきた。


メイド服の女は鞭だけでは飽きたらず、叩く、蹴るを繰り返し、私をストレスのはけ口にしているようだ。


もう感覚も鈍くなってきた。


……私はこのまま……死ぬかもしれない。


眠くなってきた。もう疲れたよ。


何も考えたくない。ベッドに入り、私はそのまま眠りに落ちた。

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