他人から見た感じ
大学生になって思った以上に俺の周りの関係は変化した。
一番は俺と
一度は微妙なりに俺達の関係も安定しかけたものの、今度は俺と
もちろんこの影響はある。白芳が紅夜と喧嘩をするときの当たりが強くなった気がするんだ。今までと違ってそのうち洒落にならない大怪我をさせてしまいそうで怖い。
穏やかに見えて実は俺達三人の関係は脆いと俺は知った。どうにかしないといけないと強く感じるけれど何をどうすればいいのかわからない。
居間で新聞を読みながらそんなことを考えていた。すると、紅夜が黒い尻尾を立てて俺に寄ってくる。
「ご主人さま~、構ってにゃ~」
「それはいいけど、こんなにくっつく必要はないだろう」
「こうしてると幸せになれるにゃ~」
満面の笑みを浮かべながら紅夜が真正面から俺にぴったりとくっついた。これは色々とまずい。特に下半身の息子さんが反応してしまいそうだ。
理性を総動員して頑張っている俺をよそに紅夜は頬ずりをしてくる。片っ端から理性を溶かす行為は本当に勘弁してほしい。
こうして自分と戦いながら紅夜の相手をしていると視界に入るのが白い猫耳と二つの尻尾のあの猫又さんだ。昼食の片付けをしつつもときおり半目でこちらを見てくる。
作業中のためなのか何も言ってこない。ただし、白い二つの尻尾をぱたぱたと振っている。
「白芳、冷蔵庫の中見て足りない物ってあるか?」
「知らないわね」
何気なく問いかけたらそっけなく返されてしまった。いつもなら冷蔵庫内を確認してくれるのにな。
「足りない物があったら三人で買い物に行こうと思うんだけど、どうする?」
「──行くわ」
迷った末に何とか応じてくれた。どうやら機嫌の悪さはまだ致命的ではないらしい。
相変わらず俺にくっついて離れない紅夜の相手をする。その間に白芳が冷蔵庫の中をのぞき込んだ。それならと俺も紅夜を引き離して立ち上がる。
「それじゃ外に出る準備をしようか、紅夜」
「もう少しくっついていたかったけど、はいにゃ!」
返事をする紅夜を残して俺は二階の自室へと向かった。今の季節ならポロシャツに綿パンでも充分だ。そのまま財布と家の鍵を持って階下の居間に向かう。
「
「あるよ。それと紅夜、もう善賢さんって呼んでくれ。でないと外でもご主人さまって呼んじゃうだろ」
「はーい、善賢さん!」
白黒の猫耳と尻尾を消して完全な人間の姿になった白芳と紅夜が玄関で靴を履いて待っていた。
一番最後の俺も急いで靴を履く。玄関から出て鍵を閉めてから近場のスーパーへと出発だ。歩くときは紅夜を中央にその右手を白芳が、左手を俺がそれぞれ握る。
「三人で揃って出かけるって公園以外だと初めてか?」
「そう言えばそうね。どちらか二人と出かけたことならあるのに」
両手をつないだ紅夜が笑顔を振りまいていた。これを見ていると買い物へ行くときは一緒でもいいかなと思えてくる。
徒歩で二十分ほどの場所にあるスーパーの中に入と買い物客が点在していた。平日の昼間はさすがに空いているので歩きやすい。
ショッピングカートを一台引っ張り出すと赤いかごを上下に二つ乗せる。片手では押しにくいので俺は紅夜の手を離そうとした。けれど、紅夜に引っ張られてしまう。
「もっと手を握ってるにゃ!」
「いやそれだと買い物ができないだろう」
「私が押していくわよ。善賢は紅夜と手を握ってて」
ここで言い争っても仕方ないので俺はうなずいた。
店内は広く、各エリア事に野菜、果物、肉類、魚、揚げ物、お菓子類など、様々な食品が積まれている。
野菜のエリアでは、白芳がキャベツ、ほうれん草、玉葱、もやしなどをかごに入れていった。次いで肉類のエリアでは、豚肉、牛肉、鶏肉を選んでいく。
「たくさんお肉があるにゃ!」
「元々精肉店から始まったスーパーだからな」
「せいにくてんって何にゃ?」
「お肉を売ってる専門店だよ」
さすがに肉食獣である猫科出身だけあって紅夜は肉類に興味津々だ。周りの肉に目移りしている。そういえば、白芳もこのエリアのときは目の色が違う。
揚げ物を少し見て回った後はお菓子類のエリアに移った。ここで再び紅夜の目が輝かせながら上目遣いに俺を見つめてくる。
「善賢さん、お菓子買っていいにゃか?」
「買いすぎるなよ」
「やったにゃ!」
許可すると紅夜が両手を挙げて跳びはねた。家を出てから初めてつないだ手を離した瞬間でもある。色気より食い気と言ったところか。
長い陳列棚に多種多様なお菓子が並べられており、紅夜はそれを順番に吟味していった。
その様子を微笑ましく見ていた俺は隣に並んだ白芳から声をかけられる。
「実家からの仕送りだけでやりくりしてるんだから、あんまり買えないわよ」
「だからってまったく買わないというのはあんまりだろ」
「甘いわね。放っておくといくらでもかごにお菓子を入れてくるっていうのに」
ため息をついた白芳だったがそれでも怒った様子ではない。お菓子を買うこと自体に反対はないからだろう。
どのお菓子を買ってどれを諦めるかの
カートを押して進むと細長いサッカー台にかごを置いた。隣の老夫婦の邪魔にならないよう少し離れた場所だ。
懐から持参した大型のレジ袋をいくつも取り出した白芳がいくつか俺に渡してくる。
「肉類と牛乳はお願い。他のは私が入れておくわ」
「重いのばっかり担当じゃないか」
「キャベツの玉は私が入れるじゃない」
不満を抱きつつも俺は大型レジ袋を広げて肉類と牛乳を入れていった。上手に入れないと荷崩れを起こして面倒なことになりかねない。
レジ袋に品物をいれていると俺は騒がしくないことにふと気付いた。振り返ると紅夜の姿が見えない。更に周囲見渡すと老夫婦の様子を眺めている姿を認めた。
見える場所にいたことに安心した俺は声をかけようとする。ちょうどそのとき、老夫婦のおばあさんが卵の十個入りパックを掴み損ねて取り落とした。
叫び声を上げることすらできない俺はその場で固まったが、近くにいた紅夜は違った。猫じゃらしにじゃれつくような素早さで床に落ちる手前でパックを手で掴む。
「にゃ!」
かけ声一つで卵のパックを掴んだ紅夜はそれをおばあさんに差し出した。最初は驚いて反応できなかったおばあさんだったがすぐに笑顔で受け取る。
「ありがとう。よく取れたわねぇ」
「こういうのは得意にゃ!」
「ばあさん、何かあったんか?」
「あたしが卵のパックを落としちゃったのを、この子が取ってくれたのよ」
「ほう、そうだったんか。そりゃありがとう」
「にゃ!」
「にゃ?」
「ふふふ、面白い子ね」
楽しそうに話をしていた紅夜が俺達の方へと顔を向けた。それに合わせて老夫婦もこちらに振り向く。
「善賢さん、
「よく取れたなぁ」
「あんた何してるのよ、紅夜」
感心する俺の横で白芳は微妙な表情を浮かべていた。勝手に離れたことを注意したくても、あんなに感謝されているからできないんだろうなぁ。
俺が軽く会釈をするとおじいさんが声をかけてくる。
「若いねぇ。女の子の方は珍しい服を着てるなぁ。着物かい?」
「そんなものです。紅夜、こっちにいらっしゃい」
「にゃ、白ちゃん!」
呼ばれた紅夜が戻ってきた。元気に俺へと飛び込んでくる。
そんな俺の隣で白芳がおばあさんに話しかけられる。
「かわいらしい方ですね。そちらのお二人は姉妹ですか?」
「いえ、遠い親戚の子らなんですよ。どちらも」
「まぁそうだったの。失礼ですが、そちらの白い髪の方とお付き合いされているの?」
「え?」
「何となくそんな感じがしたのよ。一緒にいるのに慣れている感じがね」
楽しそうに笑うおばあさんに俺は言葉を返せなかった。横目で白芳を見ると目が合ってお互いに顔が赤くなる。なんか照れくさいな。
俺達二人の様子を見ていたおじいさんが笑う。
「まぁしっかりやるんだね、わしらのようにな!」
隣のおばあさんが苦笑いをしているのは教えない方がいいんだろうな。
品物をレジ袋に詰め込み終わると俺達はスーパーを出た。
自分でお菓子を選べた紅夜は上機嫌だ。お菓子を入れたレジ袋を持って先頭を歩いている。
「早く帰ってお菓子を食べるにゃ!」
「いきなり全部食べちゃダメだからね」
「わかってるにゃ!」
前を歩く白芳が紅夜へと声をかけた。家を出るときとは違って随分と機嫌が良い。あの老夫婦の言葉のおかげなんだろう。人に言われると相当恥ずかしいけどな。
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