同好会活動

 五月も終わりが近くなってきた。気候はすっかり春だが朝晩はまだ冷え込むときがあるから油断できない。しかし、それでいて昼は暑いときもあるのだから困る。


 最近はいい天気が続いていて週間予報でも雨マークがない。通学のときにそよ風に当たると気持ち良かった。


 この日は朝から夕方までずっと講義があった。日の傾きを感じられる頃に解放された俺は校舎を出たところで背伸びをする。


「今日はどうしよっか」


 スマートフォンでSNSのアプリをのぞき込んだ俺は迷った。いつもなら帰宅して夕飯の準備をするところだ。けれど、部室に山木やまぎ先輩がいるのを見つける。


「挨拶だけして帰ろうかな」


 そう考えた俺は部室へと向かった。


 スライド式の扉を開けて部屋に入ると山木先輩がノートパソコンで作業をしている。


「山木先輩、こんにちはー」


「やぁ、蔵田くらたくんか。今日来るなんて珍しいね」


「何となく来ました。夕飯の支度があるのですぐに帰りますけど」


 フレームレス眼鏡の乗った顔を向けてきた山木先輩に俺は言葉を返した。


 木製の机に黒い肩掛け鞄を置くとパイプ椅子を持ち出して座る。何を話すかしらばく考えて一つ思い出したことがあった。興味があったので尋ねてみる。


「そう言えば、先週の他大学との合同はどうだったんです?」


「素晴らしかったよ。いい刺激を受けたさ」


「例えばどんなのですか?」


「あっちは心霊現象研究会だからね、それ関係の見識を披露してもらったんだ。僕はオカルトと言っても心霊現象の方はあんまり詳しくないから、専門家の意見は貴重だったな」


 キーボードを叩きながら山木先輩は先週のことを俺に話してくれた。予想以上に真面目に活動していて俺は内心で驚く。


「話を聞いていると楽しそうですね」


「同好の士との活動だから盛り上がるのも当然だよ」


「ちょっと羨ましいという気もします」


「それなら今度一緒に来てみるかい?」


「合同のやつにですか? いきなり行って大丈夫なんですかね?」


「そっちじゃないよ。いきなり合同はハードルが高いしね。僕と一緒にフィールドワークをしないかって話しだよ」


 せっかくオカルト同好会に所属しているのだから一度くらいは参加していてもいいのではと俺は思った。普段は家にいるばかりだからたまには外出してもいいかもしれない。


「やってみてもいいかな」


「珍しく食いついたね。それじゃ今週の土曜に蛇楽じゃらく神社へ行ってみるかい?」


「聞いたことない名前ですけど、どこにあるんです?」


「この羽黒市の郊外さ。市の北側は山だろう? あそこにあるんだ」


「こっちに来たばっかりなんで、まだ市内のこともよく知らないんですよ」


「平成の大合併で羽黒市に統合された村でまつられていた神社なんだ。その後村は寂れ続けて今じゃろくに手入れもされていないらしい。ほら、ここだよ」


 地図検索をしてくれた山木先輩がノートパソコンの画面を見せてくれた。羽黒市の北部は山ばかりだ。その中の一点にチェックが入って入る。


「行くのにかなりかかりそうですね」


「途中まで電車で行って、その後はバスだね。一時間に一本だけのローカル線を使うんだ」


「懐かしいな」


「きみは地方からこっちへ来たんだっけ。だったらそれほどひどくないことはわかるよね。乗り継ぎを考慮して行けば二時間程度だし」


「まぁ確かに」


 都市へ出てきて田舎の苦労をするとは思ってなかった俺は多少面食らった。慣れていると言えば慣れているから平気だけど都会の便利さを知ったらなぁ。


 交通手段に思いを馳せていた俺はすぐに意識を戻して気になることを尋ねてみる。


「それで、その蛇楽神社ってところには何があるんです?」


「心霊現象が起きると一部で話題になっているね」


「ということは、幽霊について調べるんですか?」


「僕は違う。この神社は蛇を祀っていてね、それについて調べるんだよ」


「蛇かぁ。なんか陰湿なイメージがしますよね」


「確かに。今回の神社の場合だと、洪水で氾濫する川を蛇が暴れている姿に被せて、それを祀ることで治水祈願したっていう伝承があるんだ」


「それじゃその神社、蛇は直接関係ないんですか?」


「いや、実を言うとこれは表の伝承なんだ。実際には裏の伝承があるらしい」


「なるほど、カモフラージュですか」


「裏の方は山に住まう大蛇の怒りを静めるために古くは生け贄を差し出していたそうなんだけど、その場所に神社が建てられたっていう話なんだ」


「ということは、山とか川の化身として祀られているものを調べに行くんですか」


「デュフフ、その通り! 僕は祀られているご神体や異形の者に興味があるからね」


 楽しそうに話してくれる山木先輩がフレームレス眼鏡を指で持ち上げた。


 話を聞く限りは民俗学の調査みたいに聞こえる。先輩は文学部らしいけどそっちに進んだら良かったのにと思った。この大学には民族学部なんてないけど。


「ブログのネタとしても面白そうですね」


「そうだろう? 先週の合同調査のやつもまとめないといけないけど、蔵田くんが一緒に行くのならフィールドワークを優先するよ」


「だったら行こうかな。部室ばっかりっていうのも飽きるし」


「決まりだね! それじゃ詳細を詰めようか、ってそういえば蔵田くん、夕飯の支度はいいのかい?」


「え? あ!」


 山木先輩が見せてくれたスマートフォンの時刻を見て俺は声を上げた。長居しすぎた。


 慌てて立ち上がって黒い肩掛け鞄を手にする。


「すいません、今日はこれで帰ります!」


「いいよ。詳細はメールで送るし、集合時間なんかはSNSで話し合おうじゃないか」


「ありがとうございます。それじゃ!」


 うっかりしていた俺は軽く頭を下げると部室を飛び出した。家まで走って帰りたいがそんな体力はない。仕方がないので早歩きをしながら大学の正門目指して校舎を出た。




 帰宅すると紅夜くやが玄関に現れて出迎えてくれた。曇りのない笑顔で声をかけてくれる。


「ご主人さま、お帰りにゃー!」


「ただいま。白芳しらよしはもう夕飯の支度を始めてるのかな?」


「してるにゃ! 夕飯は鮭とチキンライスにしてもらったにゃ!」


「そんな材料あったっけ?」


「お昼に二人で買いに行ったにゃ」


 玄関で靴を脱いで二階に上がるまでについて来た紅夜から話を聞いた。今晩使わなくなった材料は後日使えばいいや。


 自室に黒い肩掛け鞄を置くと洗面所で手洗いをしてから台所へと向かった。たすき掛けをした巫女装束にエプロンを掛けた白芳がゆったりと作業をしている。


「悪い、遅れた」


「仕方ないわね。今晩はおかずもご飯も変更になったから。鮭とチキンライスよ」


「紅夜から聞いた。どの辺りまで進んだ?」


「玉葱、人参、鶏肉は切り終えたわよ」


「それじゃ後はフライパンで炒めるだけか。電子レンジが動いているけど何か入ってる?」


「鮭の切り身を解凍してるの。冷凍してたやつ。後はほうれん草のおひたしを作らないと」


「味噌汁は?」


「今日はインスタントにしましょう。一人分だけ余ってるけど、食べる?」


「紅夜がいらないっていうんなら」


 自分のエプロンを掛けながら白芳に今の状況を教えてもらった。チキンライス以外は余り物の処分をするつもりだったからあまり手間は変わらない。


 食卓の椅子に座った紅夜が夕飯の支度をする俺と白芳を楽しそうに眺める。


 電子レンジが解凍済みの音を鳴らしたので俺が鮭の切り身を取り出した。その俺に白良が声をかけてくる。


「帰るのが遅れるなんて珍しいじゃない」


「同好会の部室に寄ったんだ。それで、つい先輩と話し込んじゃって」


「あんまり遅くなるようなら連絡はしてよね」


「わかった。あ、それで思い出した。今度の土曜日に同好会の活動で外出するんだ。たぶん丸一日かかると思う」


「どこに行くのよ?」


「蛇楽神社って所。市の北側にある山の中にあるらしいんだ」


「なんでまたそんな所に?」


「だから同好会の活動だって。俺が入って入るのはオカルト同好会だからな」


「あー」


 先月の騒動で入会することになったことを白芳は思い出したらしかった。何か言いたいが言い返せないという微妙な表情を浮かべる。


 その間にも料理をする手は休めない。やることはどちらもわかっているから分担を決めて進めていった。


 しばらくして白芳が口を開く。


「あんまり変なところに行っちゃダメよ。おかしなものに魅入られるかもしれないんだから」


「別に幽霊を見に行くわけじゃなさそうだから何も起きないと思うよ。先輩もそれとは違う普通の調査みたいに言ってたし」


「お母さまが気を付けろって助言してるから油断しちゃダメよ」


 料理をしながら白芳が俺をちらりと見た。三毛夜叉みけやしゃ様の言葉となると確かに無視できない。


 ただ、あまり気にしすぎると何もできなくなる。俺は危険なことはしないという曖昧な線を引くことで納得した。

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