旧蛇楽村
週末になった。今日も朝から晴れやかだ。気持ちの良い朝日を受けながら俺は自宅を出発した。
白のポロシャツ、ライトブラウンの綿パン、白のスニーカー、それに黒い肩掛け鞄と通学するときと見た目は変わらない。
集合場所である羽黒駅の改札口へ向かうと
灰色のリュックタイプのスポーツバッグを背負った山木先輩が似合っていないフレームレス眼鏡を光らせながら声をかけてくる。
「やぁ、
「おはようございます。早いですね」
「たった今来たところだよ。何十分も待つ趣味はないしね」
お互いに軽く笑うとすぐに駅の構内に入った。
羽黒市のほぼ中心にある羽黒駅は東西に延びる本線と南北に延びる支線が交差している。今回はこの支線を使って北へ向かうのだ。
時刻表については山木先輩が電車とバスの両方を調べてくれているので迷うことはない。あちこち調査しているだけあって手慣れている。
支線の終点で降りるとそこからはバスで市郊外の山中へと入った。本当に同じ市内なのかと思うほど自然が溢れている。
のんびりと揺られて旧
「これから蛇楽神社に行くんですよね」
「いや、先に地元の郷土資料館に寄っていくよ。ネットじゃ拾えない情報がある可能性が高いからね」
「なるほど、先に情報収集ですか」
「マイナーな場所ほど情報は地元にしかないってことが多いから、現地に行く前に寄っておくと思わぬ発見ができるかもしれないんだ」
意外なことを聞いて俺は感心した。しかもこの話は山間部の田舎だけではなく、都市部の無名な史跡などにも当てはまるらしいと知って二度驚く。
村の中心部まで歩くと役場の隣に小綺麗な建物があった。立て看板を見るとここが旧村の郷土資料館らしい。
中はそれほど広くなかった。じっくりと見て回っても三十分かかるかどうかというくらいである。どう見ても最近建てられたようにしか見えない。
熱心に展示物を鑑賞している山木先輩に小声で話しかける。
「神社が寂れてるのに、こういう建物は作るんですね」
「この建物と神社の管轄が全然違うからだろうね。それに、神社は村の人が自分達で手入れしてたみたいだから、少子高齢化でその人手がなくなったらどうにもならないし」
「オカルトの話なのに随分と世知辛いじゃないですか」
「何を言ってるんだい。オカルトこそ社会の縮図だよ。時代の流れや人の意識の移り変わりで栄枯盛衰していくものなのさ」
山木先輩に持論がありそうなのはわかった。けれど、鑑賞の邪魔をしてはいけないと思って俺は一歩身を引く。
こうなると手持ち無沙汰なので自分でも展示物を見てみた。旧村の歴史に始まって出土した土器やかつて使われていた道具がライトアップされている。
一通り展示物を見て回ると今度は二人で隣の役場へと向かった。山木先輩は受付カウンターにた年配の男性に声をかけると蛇楽神社について尋ね始める。
「僕は興隆大学文学部の三年生で山木
丁寧な挨拶に男性職員は面食らった様子だったけど、とりあえず山木先輩に対応はしてくれた。
その職員の話によると詳しい話を知っている老人は去年までにみんな亡くなってしまったらしい。そのため、今は郷土資料館にあるもの以上のことはわからないそうだ。
かなり残念そうに顔をゆがめた山木先輩が肩を落とす。
「そうでしたか。ありがとうございます。お手数をおかけしました」
「こちらこそお力になれずに申し訳ない。あと一年早かったらねぇ」
同情してくれる男性職員に別れを告げた山木先輩はそのまま村の役場を出た。
その後ろを歩く俺が口を開く。
「うーん、残念でしたね」
「もしかしたらって思ったんだけどね。仕方ないさ。それじゃ、これから蛇楽神社へ行こうか」
「ついにですか。でも、お腹が空きましたよね」
「ごめんごめん、つい熱中して忘れてたよ。お昼ご飯は持ってきたかい? こういう所だと店がなかったりあっても閉まってたりするからね」
「言われたとおりに用意してきましたよ。どこで食べます?」
「この様子だと、最悪立って食べるか、神社の
蛇楽神社へと向かう道は田んぼばかりで途中から緩やかに山を登ることになっていた。気軽に座れる場所が意外とない。
結果的に俺と山木先輩は蛇楽神社まで歩くことになった。坂を上り続けたことで体力不足の俺は息を切らす。
「結構疲れますね」
「実際に歩いてみるとやっぱり違うね。けど、神社に着いたよ」
道はそのまま上り坂で奥へ続いてその途中に傷んだ鳥居があった。そこを起点に参道のような脇道が延びている。草の生えた道の奥には神社の本殿らしき建物があった。
手入れされていないからだろうか、見るからに暗く寂しげな雰囲気だ。
全然関係のない場所なのに思った以上に胸に迫るものがあった俺が口を開く。
「結構傷んでますね」
「手入れされなくなった家屋は傷みやすいって言うけど、神社も例外じゃないってことなんだろう」
「ところで、どこで昼にします? さすがに境内で食べるのはちょっと」
「反対側に岩があるから、あれに座って食べようか」
神社内で飲食を
空腹だった俺は先輩が見つけてくれた岩に座った。少し背丈が低い岩だけど贅沢は言えない。
肩から外した黒い肩掛け鞄の中からラップに包まれたおにぎりを取り出した。全部で二つあり、
一つ目はきれいな三角の形をしたおにぎりで細長い海苔がが三面に貼り付けてあった。そのラップを途中まで剥がして口にする。
「む、おかか」
しっとりとした鰹節と醤油の味が口の中に広がった。うっすらとした塩味とべっとりとした海苔の風味と相まって懐かしい味がする。
「ほほう、手作りおにぎりか。随分と渋いチョイスだね。例の女の子二人が作ってくれたのかな」
「そうです。スーパーでパンを買おうとしたら作るって言ってくれて」
「それはさぞおいしいだろう」
「一つどうです?」
「デュフフ、遠慮しておくよ。それはきみのために作られたものなんだから」
苦笑いしながら山木先輩が焼きそばパンにかぶりついた。
一つ目のおにぎりを食べ終わると次のやつを取り出す。今度は四角っぽい球形をしていて海苔が十字に交差するようにぐるりと貼り付けられていた。結構大きい。
「今度は鶏そぼろか。おっと」
かぶりついた際にこぼれそうになったそぼろに俺は慌てて口を付けた。鶏肉と醤油の味付けが強めだ。何口が食べてからペットボトルのお茶を飲む。
「食べ終わったら神社の中に入るけど、今度は本格的に手伝ってもらうよ」
「具体的には何をするんです?」
「まず写真撮影だね。スマートフォンで指示するところを撮ってほしい。面白いものがあったら動画も撮ってもらうかもしれない」
「俺のでやるんですか? これの性能ってどうだったかな」
「一緒にいるときは僕のやつを貸すからそれで撮ってくれ。二手に分かれる場合は申し訳ないけど、きみのでお願いするよ」
「別れるんですか」
「それは中に入ってからの感じで決めるつもりだよ。神社自体は大きくないらしいんだけど、その奥に神域ってのがあるらしいからそこ次第だね」
おにぎりを食べながら説明を聞いていた俺は目を見開いた。信心深いからじゃない。知り合いに
禁忌に触れたときの恐ろしさは昔話によくあるし、白芳からも聞いたことがあった。何かあるとすればそういうところに足を踏み込んだときだろう。
「山木先輩、そういうところって入るとまずいんじゃないですか?」
「そういう話はよく聞くね。でも、オカルト好きとしては何があるか興味が湧くんだ」
「オカルトとか関係なしに危険だって聞いたことがあるんですよ」
「というと?」
「そういった神域になっているところって大昔に遭難する人が続出して誰も帰ってこないから、人が入り込まないように神域にしたんじゃないかっていうんですよ」
「それは興味深い説だね」
「だから何の装備もなしに入るのは危ないですよ」
「確かに一理ある」
そうつぶやくと山木先輩は前を向いて考え込んだ。
ここの神社近辺が地形的あるいは神霊的に危険なのかは俺にはわからない。今はただ何となく忌避感があるだけだ。
実際にどうなのかわからないせいで心の中でもやもやとしたものが広がるばかりだった。
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