揺れる想い(白芳視点)
騒がしいながらも三人で暮らしは楽しかった。ようやく
でも、
「私の善賢から離れろぉぉぉ!」
戦いの中で叫んだ声を紅夜がしっかり覚えていた。すべてが終わった後、私の健闘を称えるために持ち出してくる。
「それに言葉もすごかったにゃ。成りそこない風情がとか、私の善賢から離れろぉとか」
「みゃ!?」
忘れた頃に不意打ちを受けたせいで私は硬直してしまった。今から思うと適当に受け流せばよかったのにしどろもどろになってしまう。
更にはこの後、
それからだ、善賢との関係が微妙におかしくなったのは。
別に仲が悪くなったわけじゃない。でも、下手に意識してしまうからうまく付き合えないようになってしまった。表面上は一応取り繕えているけど、ちょっとした挨拶のとき、目が合ったとき、そして手が触れたときに意識してしまう。
こんな調子だから最近二人でいるときは気が休まらない。まるで独り相撲しているみたいでバカだと自分でも思うけど感情を制御できないでいる。
だから、一人で作業をするときは大切な時間なのよね。変なことを口走らないように心を落ち着かせる時間が私には必要だもの。
この日は天気も良く、絶好の洗濯日和だった。洗濯機から洗い終わった衣類をかごに移して二階の物干し場に持っていく。
「これならよく乾きそうね」
機嫌良く私は衣類をハンガーに掛けて物干し竿に引っかけていった。ちなみに、基本的に衣類は善賢のものばかりよ。私と紅夜は服込みで化けるからね。
「それにしても、どうしたものかしら」
小さくつぶやいてから私はため息をついた。気兼ねなく付き合えていた頃が懐かしい。またあんな風に接することができたらいいのにと思う。
ただ同時に、それじゃ何もかも前と同じように戻したいのかと言われると即答できなかった。前に聞いた紅夜の言葉を思い出す。私は何がしたいんだろう。
かごから手に取った善賢の下着を伸ばした。最初は恥ずかしがっていたのに今だとすっかり慣れたもの。よく考えたらただの布だものね。
ハンガーに掛けずにその下着をじっと見つめる。私は本当に前と同じ関係に戻りたいのかな。
それとも本当は──
「白芳、靴下が」
「うわぁぁ!?」
突然善賢の声が近くから聞こえて私は悲鳴を上げた。
手にしていた洗濯物を後ろ手に隠してあちらへと振り向く。なんで、どうしてここに善賢が来るのよ!?
「なによいきなり!?」
「いきなり? いや、洗濯機に残っていた靴下を届けに来ただけなんだけど」
「靴下?」
差し出された靴下を私は呆然と眺めた。我に返るとひったくるようにして取って善賢を睨む。待ってまずい私もしかして変態に思われたかもしれない!?
「い、いつからそこにいたのよ?」
「今来たところだけど」
「そう。ならいいのよ。あ、ありがとう」
どうやら私が下着を見つめていたことは気付いていないようだった。安心して息を吐き出す。
とりあえずこの場の危機は脱したけれど私の症状は一向に改善しなかった。それどころか前よりもひどくなるばかり。
ある夕飯時に私は善賢に料理が上手だと褒めてもらえた。普通ならありがとうの一言で受け流せばいい。なのに、そのときの私は完全にのぼせてしまう。
「善賢が料理上手って褒めてくれた。善賢が料理上手って褒めてくれた。善賢が料理上手って褒めてくれた。善賢が料理上手って褒めてくれた」
「白ちゃん?」
「おい、白芳?」
「ひっ!? よ、善賢!? な、なに?」
私のあまりの驚きように善賢と紅夜も引いていた。嬉しさのあまり思考がぐるぐる回っているじゃない!
いけないと思いつつもどうしても自分を律せられずに私は途方に暮れた。でも、何とかするべきと思っていた矢先に感情を爆発させてしまう。
あのときは猫じゃらしで遊んでいたこともあって興奮していた。そのせいで爪で引っかいて善賢を傷つけてしまったという焦りもあった。更に紅夜がすぐに善賢に謝罪して傷を舐め始めた。
そうしたことが私の頭の中でぐるぐると回っている中で、善賢と目が合ったときにたがが外れてしまう。
「確かに引っかいたのは悪かったって思ってるわよ! けどだからって傷を舐める必要なんてないでしょ!」
「いや別に俺は頼んで」
「じゃあなんで紅夜にそんなことをさせてるのよ!」
謝ることなく私は叫んでしまった。いつも紅夜に悪いことをしたら謝りなさいと注意していたのにそれすらできずに。挙げ句、その点を紅夜に指摘されて謝罪した。
ますます不安定になっていく私の心をよそに周りの状況は変化していく。
おにぎりを作って善賢に渡すことを思いついた紅夜に付き添って大学へ行った。そのときにまたもや人間の男に付きまとわれてしまう。
思わず爪で顔を切り刻んでやろうかと思うまでにイラついた。ただし、すんでの所で善賢の先輩と名乗る人物に助けられて何もせずに済む。
問題はここからで、そのとき怖い思いをした紅夜がこれ以降善賢によりべったりとくっつくようになってしまった。
その様子を見ていた私は思わず嫉妬を露わにしてしまう。
「仲がいいわね~」
紅夜の気持ちはある程度理解できるんだから我慢すれば良かった。なのに、余計な一言を口にしてしまって内心で自己嫌悪に陥る。でも、胸のむかつきは収まらない。
「えっと白芳さん、どうしてそんな目で俺を見るんですか」
「いつもと変わらないわよ。何かやましいことでもしてるんじゃないでしょうね?」
そんなことを言っても何にもならないのにまた嫌みを言ってしまった。このままでは喧嘩になりそうだと思った私はその場を離れることにする。
「ああもう。私はお風呂に入ってくるわ」
「紅夜、ほら白芳と一緒に入っておいで」
「いやにゃ。ずっとこうしてるにゃ」
「さすがにそれはダメだろう。俺だって後で風呂に入るんだし」
「それなら、にゃーはご主人さまと一緒に入るにゃ」
風呂場へと向かおうとしていた私は動きを止めてものすごい勢いで振り返った。何を言ってるのよ、
でも、いきなり突飛もないことを言い出したのには理由があったらしい。大学で人間の男に絡まれたのが紅夜の心に暗い影を落としていると知って眉を寄せた。
以前聞いた話を思い出す。紅夜はひどい目に遭ったから今を精一杯生きることにした。できるだけ我慢せずに生きようと。つまり、怖い思いをする度に必死になるわけね。
なら私はどうなんだろうか。
答えの出そうにない問いかけに私の思考は沈みかけた。でも、紅夜の提案を聞いて無理矢理現実に引き戻される。
「だったら、みんなで一緒にお風呂に入るにゃ」
慌てる善賢の声も聞こえるが頭の中を素通りした。それどころじゃない。
え、私が善賢と一緒にお風呂に入るの?
一緒に風呂に入るということは、あれよね、みんな裸になるということ。裸になると当然全部見えることになる。何が? もちろん全部がよ! そうなると善賢のあれが見えて、私のも見えてしまうわけよね。いやダメでしょ!?
全身を震わせて顔を真っ赤にした私は紅夜を見た。言い出した本人は幸せそうに善賢にくっついている。一方、善賢に目を向けるとちょうど目が合った。
それがきっかけで私は叫ぶ。
「あんたまさか本気じゃないでしょうね!?」
「いやいや、そんなわけないだろう! 何を言っているんですかね!? 入った瞬間爪で切り取られたくないよ!」
「切り取る? 何を!?」
「あれですよあれ! 息子さんって呼ばれているやつ!」
「息子!? あんた子供いたの!?」
「いや本物の子供じゃないよ! 呼ばれているやつだって言っただろ!」
恥ずかしさを紛らわせるために私は何も考えずに言葉を返した。余裕がないのは善賢も同じようで勢いに任せて突っ込んでくる。
すっかり興奮した私だったけれど落ち着いてくると急に悲しくなってきた。どうして私だけそこまで拒否するんだろう。そんなに私とは嫌なのかな。
「そんなに私とは入りたくないの?」
「は? いや今まで怒ってたじゃないか」
「そうだけど、なんか私は避けられているように思えてきて」
「なんでいきなりそうなるんだ!? 紅夜と三人で入る話しをしてたよな!?」
単に異性と一緒に入浴できないだけという話を聞いて私は落ち着いた。冷静に振り返ってみたら最初はそんな話しだったような気がする。
私はかなり参っていると自分で思った。何も考えずにしゃべりすぎたわ。
そうして紅夜が眠りかけたところで口論は終わった。幸せそうなその顔が今は小憎らしい。
お互いに疲れ切った表情を浮かべた私と善賢は大きなため息をついた。
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