化け猫ちゃんの訴え
週末、外出予定がないのなら俺達のやることは平日と変わらない。
二階に上がった白芳が掃除をしている間、俺は台所の片付けを終えて庭の見える縁側の大きな窓近くに寄って座っていた。畳の感触と暖かい日差しが気持ちいい。
隣には黒い子猫の
「ご主人さまもひなたぼっこにゃ?」
「片付けが終わったからな」
俺があぐらをかいて庭に目を向けていると紅夜が足の上に乗ってきた。まだ子猫なので軽い。丸まってくつろぐ紅夜を見下ろしながら背中を撫でてやる。手触りがいい。
気持ちよさそうに鳴く紅夜に尋ねてみる。
「いつもの場所はいいのか?」
「ご主人さまの膝の上以上の場所はないにゃ。この温かさを感じながらお日様に当たれるなんて贅沢にゃ」
大きなあくびをした紅夜は俺の太股に顔をこすりつけた。そうして、そのまましゃべり続ける。
「最近のご主人さまと
野生の勘なのか、まだ子猫の紅夜は俺と白芳の関係を割と正確に見抜いていた。隠せているかなと俺は思っていたけどバレバレだったらしい。
白芳の態度から見るに俺のことを好きに思ってくれている可能性が高い。もちろんどの程度かまではわからないが意識してしまう程度には気にかけてくれているのだろう。
「にゃーはご主人さまが好きにゃ。ご主人さまはにゃーのことが好きにゃ?」
「まぁ、好き、かな」
「はっきり言うにゃ」
「うっ、好きだ」
太股を毛並みの良い前脚でぺしぺし叩かれながら俺は答えた。返答に満足した紅夜は尚も語る。
「それじゃ次にゃ。にゃーは白ちゃんも好きにゃ。ご主人さまはどうにゃ?」
「え? そ、それは」
「いつまでも隠しててもいいことなんてないにゃ。今のおかしな関係はにゃーにはストレスにゃ」
「本音はそこか」
「そうにゃ。にゃーは正直に自分の気持ちを話したにゃ。だからご主人さまも話すにゃ」
それとこれは違うんじゃないのかとも思ったがまたもや前脚でぺしぺしと叩かれて俺は言葉に詰まった。
しかし、今日の紅夜は俺への追及の手を緩めようとしない。前脚でぺしぺしと叩いてくる。
「そりゃ、広い意味では好きなんだろうけど、なんていうか、女の子としてどうなのかと言われると」
「前に言ってた、小さい頃からの知り合いでずっと一緒にいるから当たり前だからにゃ?」
「まぁ、そんな感じ」
「それじゃ、知り合って長くなかったら好きって言い切れるにゃ?」
気付けばなぜか紅夜に追い詰められていた。まだ子猫のはずなのに今日の紅夜は随分と巧みに問いかけてくる。
けれどこれは良い機会でもあった。言われてみるとその通りで、幼馴染みでなかったら俺は白芳のことをどう思っていたのだろうか。その発想はなかった。
美人で、いつも自分のことを気にかけてくれていて、何かあっても側にいてくれる。高校時代の友人がそんな女の子がいたらすぐ好きになるって言ってたことを思い出した。
黙って考え込んでいると前脚でぺしぺしと俺の太股を叩きながら紅夜が返答を促してくる。
「うん、好き、だな」
「答えは出たにゃ。あとははっきりと言うだけにゃ。そうすれば、にゃーのストレスもなくなるにゃ」
「お前は自分に正直だなぁ」
「黙っててもいいことなんてないにゃ。お菓子を食べる量が増えるばっかりにゃ。あ、お菓子の量を増やしてくれるならもうちょっとだけ我慢するにゃ」
「最近お菓子を食べる量が増えたのはそのせいなのかよ!」
食費におけるお菓子の購入金額が占める割合が増えた原因を知って俺は叫んだ。
家計の謎をカミングアウトした紅夜は俺の態度に構わず話を続ける。
「それと、最近白ちゃんと喧嘩をすると前よりも本気になって叩いてくるにゃ」
「何でまた?」
「たぶん、にゃーがご主人さまにいつもくっついてるからにゃ。他のときよりもご主人さまに関係したときは明らかに本気にゃ」
改めて知った事実に俺は呆然とした。
黙っていると紅夜がそのまましゃべり続ける。
「本当は白ちゃんもご主人さまとくっつきたいと思ってるにゃ。けど、なんでかそれを我慢してるにゃ。だから、にゃーに八つ当たりするにゃ」
「八つ当たりってそんな。あの白芳が?」
「自分はくっつけないのににゃーばっかりくっついていたらストレスが溜まるにゃ。そのうち禿げるにゃ」
「禿げる!? 猫って禿げるのか?」
「猫も禿げるにゃ。だから優しくするにゃ」
意外な事実を知って俺は驚いた。人間みたいに禿げるのかまではわからないけどよくない状態なのは理解できる。
「そうだな。白芳がつらそうな姿を見せたことなかったけど、そういうときもあるよな」
「最近はずっとそうにゃ。だから早く好きって言うにゃ」
「そこに話しが行くのか?」
「行くにゃ。好きって言ってからくっついたら全部解決にゃ。これで白ちゃんのストレスはなくなるにゃ」
「禿げなくなるんだよな」
「そうにゃ。ちなみに、白ちゃんはガードが堅いけど、一旦突破したらメロメロにゃ」
「何を言ってるんだね、きみは。というか、なんで紅夜はそんなことを知ってるんだ?」
「拾ってもらってまだ一ヵ月しか一緒に住んでないけど、にゃーは白ちゃんと毎日裸の付き合いをしてるにゃ」
「裸の付き合い!?」
「お風呂にゃ」
「ああ」
いかがわしい方を想像してしまった俺は深く反省した。
脱力する俺に紅夜が話を続ける。
「とにかく、早く白ちゃんを何とかしてほしいにゃ。でないとにゃーがお菓子をおいしく食べられないにゃ」
「お前は本当に自分の欲望に正直だなぁ」
「我慢しててもいいことなんてないにゃ。だからにゃーは言いたいことを言うしやりたいことをするにゃ」
何とも表裏のない言葉に俺は呆れつつも羨んだ。こんな風に正直だったら悩むことなんてなかったんだろうなと思う。
そんな俺に対して紅夜は体をこすりつけながら反転させて腹を見せる。
「難しい話はこれで終わりにゃ。ご主人さま、お腹を撫でてほしいにゃ~」
「いいけど。こうか?」
「気持ちいいにゃ~」
「そう言えば前から気になってたんだけどさ、このお腹についてる出来物みたいなのは何だ? いくつかあるようだけど」
「にゃーの乳首にゃ」
「は!? ちく!?」
初めて知った事実に俺は驚愕した。思わず手を放してしまう。いやだって、紅夜は化け猫で人間に化けられるからそのときのことを想像したら!
混乱する俺の様子を気にする様子もなく紅夜は要求してくる。
「前から撫でてくれてたんだから今更遠慮なんていらないにゃ。早く撫でてほしいにゃ」
「いやそれはでも」
「猫のお腹なんてみんな撫でてるにゃ。だからご主人さまが撫でてもおかしくないにゃ」
「確かにそうなんだけどな、どうにも紅夜が人に化けたときのことを思い出して」
「別ににゃーは化けたときでも平気にゃ。ご主人さまにはむしろいっぱい触ってほしいにゃ」
「きみは何を言ってるんですかね!?」
いきなりの発言に俺はすぐさま突っ込みを入れた。気付いてしまったら簡単にはお腹を触れない。
ここで白芳が猫の姿のときに腹を撫でられるのを嫌がった理由をようやく理解する。俺は痴漢しようとしていたわけだ。そりゃ何度理由を聞いても言えないよな。
焦っている俺の前で紅夜が催促してくる。けれど、知ってしまった今簡単には撫でられない。
どうしたものかと固まっていると紅夜が俺の足の上で人に化けた。急に体重が増えたことに呻きつつも俺は黒い猫耳で白いワンピース姿の紅夜にどぎまぎする。
「ご主人さま、早く撫でてにゃ~」
「いや待てこれはもっとダメだろう!」
「そんなこと言わないでにゃ。ご主人さまだったらどこ触ってもいいにゃよ」
「きみは何を言ってるんですかね!?」
首に絡みついてきた紅夜が頬ずりをしてきた。肌触りは抜群なんだけどこれに慣れてはいけない気がする。
焦っていた俺はふと耳が寂しいことに気付いた。正確にはさっきまで聞こえていた音が聞こえなくなったのだ。二階の掃除機の音が。
「紅夜、白芳がもう下りてくるから離れるんだ!」
「なんでにゃ? 関係ないにゃ」
「さっき俺に話してくれたばっかりじゃないか」
「あれはご主人さまと白ちゃんの話にゃ。にゃーが遠慮しても何の解決もしないにゃ」
「うっ、それは正論なんですが!」
思わず言葉に詰まってしまった俺は固まってしまった。その隙に紅夜が改めて飛びついてくる。お腹に顔を
そのとき、階段から白芳が下りてくる足音が聞こえた。もう時間がない!
俺は必死になって紅夜を引き剥がそうと努力した。
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