デュフフ先輩の助言

 オカルト同好会に入ってそろそろ二ヵ月になろうとしている。週に一度部室に行って部長の山木やまぎ先輩と話をするだけの活動だ。


 そんな幽霊部員一歩手前の状態の俺は神社の調査に同行して心境が少し変化した。意外と真面目に調査しているのを知ってもう少し関わってもいいかなと思えてきたんだ。


 ただし、本物の妖怪の知り合いはいてもオカルトの知識はまるでない。まずは基礎知識から身に付ける必要がある。


「山木先輩の手伝いをするにあたって、知っておくべき知識とか読んでおいた方がいい本とかってどんなのがあります?」


「やる気になってくれたのは実に嬉しいな。ちょっと待って」


 いつものように部室に入って挨拶をしてすぐに俺は山木先輩に相談した。


 嬉しそうにフレームレス眼鏡をいじった先輩はノートパソコンを慌ただしく操作し始める。その間、俺はパイプ椅子に座ってじっと待った。


 やがて作業が終わったらしい先輩が俺に顔を向ける。


「今メールを送ったよ。見てくれるかな」


「これは、リストですか?」


「まずは知識を身に付けた方がいいから、参考になるリンク集みたいなものを送ったんだ。空いた時間に少しずつ見てくれたらいい」


「ありがとうございます。結構ありますね」


「基本的に上から順番に見ていけばいいよ」


「あ、同好会のブログもあるんですね」


「そりゃそうさ。ここで活動してもらうんだから、過去の成果はある程度把握してもらわないと」


 取り出したスマートフォンで送られてきたメールの内容をスクロールしながら俺はうなずいた。


 当面のやるべきことがわかった俺はスマートフォンを木製の机に置く。


「合間に勉強できるのは助かります。今学期中には一通り見ておきますよ」


「夏休みには遠征に行きたいから、そうしてもらうと助かるよ。もっとも、きみの場合は家のことが第一だろうけどね」


「家のことですか?」


白芳しらよしさんと紅夜くやちゃんのことだよ。彼女たちのために家事とかして忙しいだろう?」


「でも、白芳と家事を分担してますからそこまでは」


「デュフフ、そりゃまるで夫婦みたいじゃないか」


 ノートパソコン越しに山木先輩はあの特徴的な笑い声を上げた。普段は女性の話を二人でしないから珍しい。


 つい最近別の場所でも似たようなことを言われたこともあって俺はつい反応してしまう。


「夫婦みたいですか。そんな風に思えます?」


「この前正門で二人と会ったけど、三人は親子みたいに見えたよ。きみがお父さんで、白芳さんがお母さんで、紅夜ちゃんが娘ってね。それもあって、家事を分担していると聞いてますますそう思えるよ」


「なるほど」


「下世話な話しだけど、一つ屋根の下に住んでいて何もないって言っても説得力がないね」


「近所の人達には確かに怪しまれてますけど」


「そうだろう。いっそ白芳さんと付き合ってるって言った方がまだ周囲も納得するだろうさ」


「そうなんですか!?」


 意外なことを聞いて俺は驚いた。今まで何もしてないアピールをすることばかり考えていたから、山木先輩の意見はある意味衝撃的だ。


 一方、先輩は俺が驚いたことを意外そうに受けとめている。


「付き合ってもいないのに家族でもない男女が一緒に暮らしているからみんなが気にするんだよ。もし付き合っていたら、ご近所様にはそこまで怪しまれないんじゃないかな」


「ならいっそ付き合ってしまえと?」


「世間体のために付き合えとは言わないよ。それじゃ本末転倒じゃないか。でも、きみと白芳さんが好き合っているのなら選択肢の一つだと思うよ。というか、そうなら逆に付き合っていない理由がわからないね」


 山木先輩の言葉に俺は何も言い返せなかった。正に今、色々と考えている中のうちの一つだったからだ。


 この流れならいけると思った俺は先輩に質問をぶつけてみる。


「付き合うって言葉で思い出したんですけど、純粋にその人を好きって気持ちと性欲のはけ口にしたいという思い、この二つを区別する方法ってありますか?」


「また難しい話しを持ってきたね。誰か気になる女性ひとでもいるのかい?」


「そういうわけじゃないんですけど、最近考える機会があってふと思ったんです」


 言葉が途切れて室内が静かになった。


 思わずとっさに苦し紛れの嘘をついてしまう。努めていつも通りの表情を浮かべようと俺は努力した。


 しばらく俺を見ていた山木先輩はフレームレス眼鏡をいじってから口を開く。


「まぁいいか。大前提として一つ言っておくけど、僕は女性と付き合ったことはないし、告白したこともされたこともない。ついでに言っておくと誰かを好きになったこともない。その上で僕の意見を言うからね。なんだか自分で言ってて悲しくなってきたな」


「えーっと」


「ともかく、結論から言うと、別にそんなこと気にしなくてもいいんじゃないかな」


「え?」


「女性を単なる性欲はけ口としか見ないのは論外だけど、好きになるきっかけは何だっていいんじゃないかって僕は思うんだ。だって、何がきっかけになるかなんて自分にもわからないんだからさ」


「でも、女の人から見たら性欲の対象として見られるのは嫌ですよね?」


「そりゃそうだろう。だから、単なる性欲はけ口としか見ないのは論外だって言ったんだ。そうじゃなくて、例え性欲がきっかけであっても、その女性ひとが好きになったんだったら別にいいんじゃないのかな」


 求めた回答を聞いた俺は納得できるようなできないような微妙な気持ちだった。山木先輩の言いたいことはわかるけど納得しきれないところがある。


 俺の表情を見て先輩が苦笑いした。更に言葉を続ける。


「だったらこう考えるのはどうだろう? その女性ひとに対する気持ちの中から性欲を取り除いたときに、まだ好きって気持ちはあるのかな?」


「え?」


「例えば、その女性ひとと結婚しても一生指一本触れられなくても側にいたいと思えるか、とかだね。僕の貧弱な発想だとこれが精一杯だけど、こんな感じかな」


 言葉を換えて尚も説明してくれた山木先輩に対して俺は目を見開いた。


 そんな俺を見て先輩が微笑む。


「デュフフ、参考になったかな?」


「とても参考になりました。ありがとうございます」


「それは良かった。頑張りたまえ」


「何のことですかね?」


 これだけ聞いたのだからバレるよなとは思いつつも俺はとぼけた。さすがに恥ずかしい。


 照れ隠しのため俺の方から質問する。


「こう言っちゃ失礼ですけど、山木先輩ってこういうことも考えていたんですね」


「まぁね。現実の世界では用を為さなくても、虚構の世界の考察で必要になることもあるし」


「え?」


 再びノートパソコンのキーボードを叩き始めた山木先輩を俺は見た。現実の世界ではないことを考えていると聞いてものすごく高尚なことをしていると想像する。


「恋愛ものの漫画やアニメなんかを見て気に入ったときに、その手の仲間とよく議論をするのさ」


「漫画やアニメ? 見て終わりじゃないんですか?」


「確かにそれも楽しみ方の一つだけど、やっぱり気に入った作品は味わい尽くしたいじゃないか」


 味わい尽くすという中身を俺は問いただせなかった。


 またもや言葉に詰まった俺に対して山木先輩が言葉を投げかけてくる。


「まずは動いてみることだと思うよ。どうせ相手が何を考えているのかなんて本当のところはわからないんだし、自分の気持ちだけで行動してもいいんじゃないかな」


「まぁ、そうですね」


「世の中にはまず付き合ってから考えるっていう人もいるらしくて、その場合は合わないとわかったらすぐに別れるそうだよ」


「さすがにそれは極端じゃないかと思いますが」


「まぁね。でも、状況が急変して取り返しのつかないことになる可能性もあるから、考えすぎは良くないと思うよ」


「嫌なことを言いますね」


「高校のときのクラスの子がそうだったんでね。老婆心ながら言ったまでだよ」


「何かあったんですか?」


「好きな女子がいたのに告白できないままでいたら、別の男子と付き合い始めたんだ。直接の知り合いじゃなかったけど、あれはかわいそうだったなぁ」


 人ごとには思えない話を聞いて俺は顔をしかめた。その可能性は考えたこともなかった。けれど、白芳に限って絶対にないとは言い切れない。


 ノートパソコンから顔を上げた山木先輩が言い過ぎたという顔をする。


「ごめんごめん、別に不安にさせるつもりはなかったんだ」


「いえ、いろんな話を聞くのはいいことなんで」


「それじゃ、話しはこのくらいにしておこうか。僕はそろそろ帰るよ」


「俺も帰ります」


 作業を終えた山木先輩は片付けを始めた。俺もそれにならってスマートフォンを自分の鞄にしまう。


 今日は予想外の人から思わぬ話しを聞けた。色々と考えないと、いや本当は動かないといけないことを知る。


 俺は立ち上がって部室を出た。

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