エピローグ
とある休日の朝、家事が一段落して居間の窓際に俺が腰を下ろすと
「ご主人さま、構ってにゃ~」
「だからってくっつきすぎだろう」
一生懸命に紅夜のおねだりを我慢していると背後から声をかけられた。振り向くと掃除機を手にした
「何してるのよ?」
「ひなたぼっこをしていたら、紅夜に寄って来られて」
「引っ剥がせばいいじゃない」
「ご主人さまは温かいにゃ~」
口を尖らせた白芳の白い二つの尻尾がパタつき始めた。
さすがに見かねた俺は紅夜を離そうとしたが抵抗が激しい。
その状態のまま紅夜が白芳に話しかける。
「白ちゃんもご主人さまをぎゅっとするにゃ。幸せになれるにゃよ」
「私は別にそんなことしなくても」
「半分分けてあげるにゃ」
体をずらした紅夜が俺の左側を空けた。それからまた俺の首筋に顔をこすりつける。
立ったまま白芳は目を見開いた。白い二つの尻尾はくねくねと揺れている。
しばらく三人とも無言だった。紅夜は話しかける気はないようで俺と白芳はどうやって声をかけていいのかわからなかったからだ。
最初に動いたのは白芳だった。掃除機を畳の上に置いて空いている俺の左側へとにじり寄って来る。まるで獲物を仕留めようかという感じだ。
そして、俺との距離を詰めると白芳が飛びついてくる。
「みゃ!」
空いていた左肩に白芳がのしかかってきた。紅夜とは違う香りが鼻腔をくすぐる。どう違うのかと問われると説明しにくいけど今はそんなことを気にしている余裕がない。
両側から美少女に捕まえられた俺は身動きができない。しかも密着しているから二人の体の柔らかさと香りが俺にめまいを起こさせた。俺の理想郷はここにある!
「ご主人さまのにおいはたまらないにゃ~」
「すーはーすーはー、よしかた、すーはーすーはー、よしかた、すーはーすーはー、よしかた」
右側の紅夜はある意味いつも通りだけど左側の白芳は普段とは全然違った。脇目も振らずにひたすら俺のにおいを嗅いでうわごとを繰り返している。
今までとはまったく違う白芳を目の当たりにして俺の思考は停止した。あまりにも新鮮すぎたのでつい本音が漏れてしまう。
「か、かわいい。何この生き物?」
「すーはーすーはー、はっ!? よ、
恍惚とした表情で俺にしがみついていた白芳は白い耳で捕らえた俺の言葉で正気に戻った。今や耳や首筋まで赤い。
「あ、あの、これは、その」
「い、いいんじゃないかな、別に。ほ、ほら、俺達付き合ってるんだし」
「そ、そうよね!」
どもりながも俺が言い訳を披露すると白芳がものすごい勢いでうなずいた。そうしてすぐにまた俺の体に顔を押し当てる。その顔は既に顔が赤い上に顔が完全にとろけていた。こんな表情ができるなんて知らなかったな。
「えへへ、ん~、すーはーすーはー」
「そんなにいいにおいがするのか?」
「善賢のにおいはなぜかすごく落ち着くのよね」
「好きな人のにおいは、いいにおいにゃ!」
人間よりも鼻の利く猫出身の妖怪だから何かあるのかもしれないと俺は考えた。
と、いくら現実逃避をしても美少女二人と密着している事実は変わらない。二人の体の柔らかさと香りが俺の息子にダイレクトアタックしてくるので理性が危なかった。
さすがにここで理性を溶かすわけにはいかないので我慢だ。しかし、なかなか息子が言うことを聞いてくれない。静まれ、俺の息子よ!
俺が煩悩との激しい戦いに苦しんでいると、股間の変化に気付いた紅夜がとろけた表情で右手を伸ばしてくる。
「にゃ? ご主人さまのお股にある」
「さすがにそれはダメだ!」
「なんでにゃ?」
右手を止められた紅夜は甘えた声を上げた。くそ、肌の感触といい、体の香りといい、かけられる声といい、いちいち息子を刺激してくるな!
一方、俺の左側に密着している白芳が紅夜に不満そうな声を上げる。
「紅夜、少しは遠慮しなさいよ」
「一度ご主人さまにくっついたら離れるのは難しいにゃ」
「だけど、私と善賢はもう、こ、こ、恋人なのよ!」
「おめでとうにゃ。けど、にゃーはご主人さまの飼い猫にゃ。だから甘えても問題ないにゃ」
どうも紅夜は一歩も引き下がる気はないようだ。そして、何かと協力してくれたことを知っている俺としては拒否できない。
一応筋は通っているなとのんきに考えていると白芳が俺を睨んでくる。
「善賢、あんたからも何かいいなさいよ!」
「え? あー」
「ご主人さまぁ、にゃーもくっついていたいにゃ、ぐす」
「うっ」
「嘘泣きに決まってるじゃない! なに騙されてるのよ!」
「いやそう言われても、これで振りほどいたら俺は鬼だぞ」
「きー、この
牙を剥いて白芳が悔しがった。一方、紅夜はべそをかきながらも俺に顔をこすりつけている。
本当なら白芳に告白したんだから紅夜に遠慮してもらうのが正しいのは理解していた。けれど、その紅夜がきっかけを作ってくれたので無碍にできないのも確かだ。
二人とくっついたままだと白芳が怒り、紅夜の手をほどくと悲しませてしまう。これ、どっちも詰んでないか?
こんな経験は初めてなのでどうしていいか俺にはわからなかった。教えてもらえるのなら誰かに教えてもらいたい。
何もできずにうろたえていると再び白芳が紅夜を咎める。
「私は名付け親でもあるんだから少しは敬いなさいよ!」
「
「くっ、さっきからあんた、意外に口がうまいわね!」
「にゃーはか弱いから、身を守る方法は口くらいしかないにゃ」
「なーにがか弱いよ、化け猫の時点でそんなこと言う資格なんてないわ!」
「蛇をばりばりって千切る猫又さんよりずっと弱いにゃ。だからご主人さまに守ってもらうにゃ」
そう言って紅夜は俺の右耳あたりに自分の顔をくっつけた。
会話が途切れた後、白芳が目を全開にしたまま俺へと顔を向けてくる。
「善賢、私も守ってくれるわよね?」
「あのときの俺って、倒れて何もできなかったんだけど」
「でもでも私は、こ、こ、恋人なんでしょ?」
「確かに。だから俺ができる範囲では守るよ」
さすがに守れないとは言えなかった。なので現実的な回答をしたんだけど白芳の表情は不満そうに口を尖らせている。きっと気持ち良く啖呵を切ってほしかったんだろうな。
「できないことは言わない方がいいかなって思ったんだけど。うーん、俺ができることは何でもするっていうことなんだけど、ダメなのかな?」
「仕方ないわね。けど、もっと威勢良くは言えないの?」
「それが言えてたら、最初から言ってるよ」
「しょうがないわね。これからもよろしく」
「よろしく」
格好良くはまとめられなかったけど何とか白芳には自分の思いが伝えられたようだ。白い二つの尻尾もピンと立てて機嫌が良くなっている。
これでようやく落ち着いたと俺は安心した。ところが、ここに至ってまたしても紅夜が口を挟んでくる。
「これでにゃーと白ちゃんはご主人さまにかわいがってもらえるにゃ。毎日くっついて頭をぐりぐりしてにおいを嗅ぐにゃ!」
「ま、毎日」
「そうにゃ! あ、どうせなら毎晩一緒に布団に入るにゃ! にゃーは初めて化けたときしか一緒に寝てないにゃ。今晩一緒に寝るにゃ!」
「ダメ! あんたは何考えてるのよ!」
「もちろんご主人さまにかわいがってもらうことにゃ。白ちゃんは違うにゃか?」
「え? いえ、私は、その」
「どうしてもというなら、今晩ご主人さまと寝る権利は白ちゃんに譲るにゃ」
「私が善賢と!?」
ようやく落ち着いてきたと思った白芳の顔がまた赤くなった。同時に俺も顔を赤くする。さすがにそれは考えていなかった。
こちらに向いてきた白芳の目と会う。どちらも目を逸らせない。
「あ、あんたはどうなのよ?」
「え? えっと、別に嫌じゃない。あ、いや」
「どっちよ!?」
「決まりにゃ。ちなみに、もし白ちゃんが今晩ご主人さまと一緒に布団に入らないなら、にゃーが入るにゃ」
「なんでそうなるのよ!?」
「代わり番こにゃ。それともみんなで一緒に寝るにゃか?」
「「みんなで!?」」
さすがにこの提案には俺も声を上げた。それはあまりにも魅力、いやけしからんではないか。興味がないかと問われれば絶対にあるが色々とまずい。主に俺の理性が。
こうしてとある日のひとときが過ぎてゆく。今までも賑やかだったがこれからも同じように騒がしい日々が続くだろう。
俺と白芳の関係は前よりもより近くなった。人間と猫又の関係がうまくいくのか正直わからないけど精一杯努力をするつもりだ。
だからこそ、俺は告白できたことを嬉しく思う。
-終-
我が家の猫又さんと化け猫ちゃん ~あまあま妹系化け猫ちゃんに甘えられながら、両片思いの幼馴染みの猫又さんに告白して恋人になるまでのお話~ 佐々木尽左 @j_sasaki
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