我が家の猫又さんと化け猫ちゃん ~あまあま妹系化け猫ちゃんに甘えられながら、両片思いの幼馴染みの猫又さんに告白して恋人になるまでのお話~
佐々木尽左
プロローグ
「あー
梅雨も近い昼下がり、築五十年の二階建て木造住宅から周囲へ怒声が突き抜けた。首都圏近郊にある閑静な住宅街の住民にとっては迷惑な話だ。
もちろん一階の居間で壁にもたれて座っている俺にとっても耳に痛い。いくら我が家の日常だといっても慣れないことはあるしな。
畳の上にあぐらをかく俺に右側から抱きつく女の子が機嫌良く顔をこすりつけてきた。その柔らかい感触に思わず顔が緩む。た、たまらん。
白いワンピースを着たこの子は見た目が中学生くらいと少し幼い。肩で切りそろえた髪と同じ真っ黒な猫耳をピクつかせ、スカートの奥から延びた黒い尻尾をピンと立てている。反対側から見るとパンツが丸見えに違いない。
「ご主人さまぁ。大好きにゃ~」
「なんでいつも善賢に抱きついてるのよ!」
「くっつきたいからにゃ。
俺の体から少し顔を離した紅夜が赤い瞳を背後へと向けた。その視線の先には
紅白の巫女服を着たこの娘は少し大人びた様子の美少女だ。腰まで伸びた真っ白い髪と同じ色の猫耳をこちらに向け、更に腰から延びた二本の尻尾をパタパタと強く振っている。
腰に手を当て紫色の瞳を怒らせていた白芳は妹分の提案を聞いて顔を真っ赤にした。
口を震わせる白芳から目を離した紅夜は再び俺のポロシャツに顔を
「ご主人さまのにおいはたまらないにゃ~」
「あんたって
「お前らそういうことを大声で言うなよ! ご近所様に聞かれたら誤解されるだろう!」
かわいらしい化け猫に体をこすりつけられている俺は世間体を気にした。もう手遅れかもしれないが諦めるわけにはいかない。絶対にだ!
けれど、そんな俺の思惑など関係ないとばかりに白芳が毛を逆立てる。
「善賢も鼻の下を伸ばしてないで紅夜から離れなさいよ! このロリコン!」
「だから大声でそういうことを言うなって! 誤解されるだろう!」
「そんなべったりとくっついたまま離れないなんて誤解じゃなくて事実じゃない!」
「そうは言ってもだな、これは飼い主と飼い猫のスキンシップの一種で」
「腰に手を回して撫でてるなんてやらしー」
「うっ」
「人に化けてるときにそんなことするなんて普通に犯罪なんですけど?」
「つい猫のときと同じようにかわいがっちゃって、てへ?」
「はっ、かわいくないわね! 中学生の女の子に抱きついて腰をなで回す大学生なんてご近所様に知られたら何て言われるかしら?」
的確に指摘された俺は顔を引きつらせた。やめろ、その事実は俺に突き刺さる!
形勢不利と知って俺は右手を紅夜の腰から離した。とりあえず怒りの矛先を逸らせないといけない。白芳の両手から伸びた爪を見ながら俺は訴える。
「待て落ち着け! 爪は勘弁してくれ。お前のって本気で痛いんだよ!」
「だって! だって善賢が、こ、こ、恋人の私を差し置いて紅夜と仲良くするから!」
怒りの赤から照れの赤、更に怒りの赤を経て白芳の顔は再び照れの赤に染まった。今日も変化が激しい。
かく言う俺も白芳の言葉で顔が火照る。お互いの関係を改めて言葉にされると実に恥ずかしいな!
どちらもお互い見つめ合って固まってしまった。その間に紅夜が俺の右手を手に取って自分のお尻へと寄せようとする。
「ご主人さま、好きなところを触ってもいいにゃ~」
「だ、か、ら、紅夜! どうしてあんたは!」
「白ちゃんがご主人さまの恋人なのは知ってるにゃ。けど、紅夜はご主人さまの飼い猫にゃ。だから、にゃーも可愛がってもらう権利はあるにゃ」
「でも!」
「白ちゃんも反対側から抱きつくにゃ。そして、ご主人さまのにおいを嗅ぎながら撫でてもらうにゃ」
「ううっ」
またもや勧められた白芳は俺と紅夜へとせわしなく視線を移した。目を完全に見開き、鬼気迫る表情のまま固まる。正直ちょっと怖い。
けど、強い
「う、動いちゃダメだからね! よ、善賢」
「なんか取って食われそうで怖いんだけど」
「うるさい!」
「すーはーすーはー、ん~幸せにゃ~」
我関せずの紅夜との温度差が大きくて俺は一瞬目眩がした。その瞬間、俺の視線が外れた隙に白芳が飛びついてくる。
「みゃ!」
空いていた左肩に白芳がのしかかってきた。紅夜とは違う香りが鼻腔に広がる。どう違うのかと問われると説明しにくいけど少しだけ大人の香りがした。
両側から美少女に捕まえられた俺は身動きができない。二人の体の柔らかさと香りが俺の息子にダイレクトアタックしてくる。ここは天国か!
股間の変化に気付いた紅夜がとろけた表情で右手を伸ばしてくる。
「にゃ? ご主人さまのお股にある」
「さすがにそれはダメだ!」
「どうしてにゃ~」
右手を止められた紅夜は甘えた声を上げた。くそ、肌の感触といい、体の香りといい、かけられる声といい、いちいち股にある息子を刺激してくるな!
一方、白芳は俺の体にしがみついてひたすら顔をこすりつけていた。顔は依然赤いままでうわごとを繰り返している。
「すーはーすーはー、よしかた、すーはーすーはー、よしかた、すーはーすーはー、よしかた」
言葉だけを聞いていると不気味だ。けど、白芳を見ていると嬉しいやら恥ずかしいやらで俺は何も言えない。こんな美少女が俺に夢中になっているなんてな!
白黒の猫耳と尻尾を動かして俺に密着する猫又と化け猫を見た。今でも夢じゃないかと俺は思う。理性なんて吹き飛んで無茶苦茶にしてしまいそうだ。
こんな状況じゃ俺の理性が本能に勝てるわけがない。ところが、別の危機によってそれどころではなくなってしまう。
きっかけは俺のポロシャツのにおいを嗅ぎ回る白芳だった。左手を首に回すために紅夜の腕の下に自分の手をねじ込もうとする。
「白ちゃん、何するにゃ~」
「すーはーすーはー、よしかた、すーはーすーはー、よしかた、すーはーすーはー、よしかた」
「にゃ!」
「うみゃ? う~」
「にゃにゃ? にゃ!」
「ちょっと紅夜ぁ、なんで邪魔するのよ~」
「それじゃこっちのセリフにゃ。にゃーが先にご主人さまにくっついてたんにゃ」
白芳が紅夜の手をはね除けて俺の首に手をかけると今度は紅夜がやり返した。応酬はゆっくりと静かにけれど次第に早く激しくなっていく。
「善賢は私の、こ、こ、恋人なんだから! 好きにしていいのは私! だから優先権は私にあるんだもん!」
「にゃーだってご主人さまの猫にゃんだから、可愛がってもらう権利はあるにゃ。恋人かどうかなんて関係ない話にゃ」
「ちょっとは遠慮しなさいよ!」
「無理にゃ。これはにゃーが悪い化け猫にならないための治療にゃ」
「そんなの単なる言い訳でしょーが!」
「痛いにゃ! ご主人さま~! 白ちゃんがいじめるにゃ~」
「善賢に頼るのは卑怯よ!」
「そんなことないにゃ。か弱いにゃーはご主人さまに守ってもらわないと生きていけないにゃ」
「善賢、何とか言いなさ、痛っ! やったわね!」
「さっきのお返しにゃ」
「もー許さないんだから!」
「痛いにゃ! ひどいにゃ! えい!」
「きー! みゃ!」
「にゃ! にゃ!」
「みゃーみゃーみゃー!」
「にゃーにゃーにゃー!」
白芳と紅夜は俺に抱きつきながら片手だけでお互いを殴り始めた。今のところどちらの指先からも爪は伸びていないが長引くと危ない。
目の前の光景を見ながら俺はこの春からの生活を思い返す。大学生になって白芳と共に都会に引っ越して二ヵ月以上になるが想像以上に騒がしい毎日だ。
これも紅夜を拾ったのが始まりだった。あのときは
「
「みゃ!?」
「にゃ!?」
幸せな現在を噛みしめながら過去を振り返っていると突然の衝撃が俺の顔面を襲った。
何が起きたのかわからないまま痛みに悶えている俺の目の前で二人が声を上げる。
「白ちゃんひどいにゃ! ご主人さまをぐーで殴ったにゃ!」
「ち、違うもん! これは紅夜が私の手を逸らせたのが悪いんだもん!」
「にゃーのせいにするなんてひどいにゃ! そもそも白ちゃんがにゃーの邪魔をしたのが悪いにゃ!」
「そんなことないもん! 紅夜が遠慮しないのが悪いんだもん!」
「人のせいにばっかりする悪い猫又はこうにゃ!」
「痛っ! やったわね!」
「負けないにゃ!」
「みゃーみゃーみゃー!」
「にゃーにゃーにゃー!」
そうして一度止まったキャットファイトが再び始まった。
危機感を募らせた俺は悲劇を繰り返さないためにも叫ぼうとする。
「お前らいい加減にし」
「みゃ!?」
「にゃ!?」
またもや俺の顔面を衝撃が襲った。きみたち、わざとやってないか?
痛みでぼんやりとする頭で俺はそう思った。
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