公園でかくれんぼ
午後からの講義が急遽休講になったことで俺の昼からの予定は真っ白になった。天気はいいけど大学でやることがない。
黒い肩掛け鞄からスマートフォンを取り出す。
「あ、
『いいわよ。早く帰ってきてね』
連絡を済ませると俺はスマートフォンをしまいながら歩き始めた。徒歩三十分の家路は面倒だけど昼ご飯をおいしく食べるための準備運動と思い込む。
帰宅した俺は白芳と
「ご主人さま、早くにゃ!
「余計なこと言わないの!」
顔を赤くした白芳が紅夜を睨んだ。尻尾をパタパタと振っている姿がかわいらしい。
鞄を自室に置いて手洗いを済ませてから食卓の前に座る。今日は牛すじ煮込みだ。店で売ってるパックのやつだが。
味噌汁と白米を用意して全員が席に着くと食事が始まる。
「
「教授がぎっくり腰で病院に搬送されたからだよ。予想外すぎる」
「まぁ、お休みになったんだから良かったじゃない?」
「そうでもない。どうせ休講になった分だけ期末に補講があるし」
昔は休講になっても補講はなかったと別の
そんな俺と白芳の隣で紅夜がひたすらご飯を食べている。
「牛すじおいしいにゃ!」
「お腹の虫が鳴っていたのは、実は紅夜なんじゃないか?」
「白ちゃんのお腹が鳴っていたのも事実にゃ」
「む、し、か、え、す、な!」
「怖いにゃ!」
「そ、それで、紅夜は午前中何をしてたんだ?」
「あっちの窓辺でひなたぼっこしてたにゃ!」
指差された方へ俺が顔を向けると庭に出入りできる居間の大窓が目に入った。庭の向こうは一般道路なのでのぞき込めば大窓の近辺の様子は見える。
「その姿のまま畳の上で寝転がっていたのか?」
「猫に戻ってたにゃ」
「前に私が注意したのよ。さすがに人の姿に耳や尻尾を出したままはダメだってね」
「白ちゃんも誘ったけど断られたにゃ」
「掃除や洗濯をしてたから」
「なるほど。あ、紅夜は手伝ってるのか? 俺とやるときは一緒にやってくれるけど」
「今朝はずっと寝てたわね」
「寝る子は育つにゃ」
話の雲行きを察したらしい紅夜が俺から目を背けた。
どうにか話題を変えたいらしい紅夜が気を取り直して俺に話しかけてくる。
「ご主人さま、ご飯を食べた後は何するにゃ?」
「そうだなぁ。別に講義の課題もないし、遊ぼうか」
「やったにゃ! 何して遊ぶにゃ?」
箸を止めて俺はしばらく考えた。今までの様子を見ていると紅夜は体を動かすのが好きそうなんだよな。
少し悩んでから俺は提案してみる。
「公園で遊ぶか? あそこなら思いっきり走り回れるぞ」
「行くにゃ!」
元気よく反応した紅夜は嬉しそうにご飯をかき込んだ。
食べ終わった俺は手早く昼食の後片付けを済ませる。そして、猫耳と尻尾を隠した二人を伴って近場の公園へ向かった。
市が管理する公園は割と大きい。ブランコや滑り台などのよく見る遊具が点在する他、植えられた木々が公園の縁に沿って生い茂っている。
中はがらんとしていた。昼過ぎではまだ幼稚園児や小学生は見当たらない。
「誰もいないにゃ」
「人が少ないのは仕方ない。平日の昼過ぎだからな」
それでも紅夜は初めて来た公園を見てすぐさまあちこち走り回った。そして、一旦戻ってきて輝かせた目を俺に向けてくる。
「ご主人さま、すごいにゃ! ここならいくら走っても壁にぶつからないにゃ!」
「そりゃ公園に比べたら俺達の家は狭いもんな。ところで、外では善賢って呼んでくれ。俺が他の人に不審な目で見られるから」
「なんでごしゅ、じゃなかった、善賢さんが怪しまれるにゃ?」
「人間の社会にも色々とあるんだ」
「わかったにゃ! それじゃ一緒に走るにゃ!」
「待ってさすがにそれはきつい」
まだ俺は二十歳未満だけど紅夜についていけるだけの体力はなかった。こんな有様だから一緒にはしゃいだら早々にバテるのは間違いない。
「白芳と二人で遊んだらどうだ?」
「えー、ご主人さま、じゃなかった、善賢さんとも遊びたいにゃ!」
「俺だと走り回ってるだけで倒れるぞ」
「だったら鬼ごっこはどうかしら? かけっこよりもましじゃない?」
「運動神経の一番悪い俺が延々と鬼にならないか?」
「そんなこと言ってたら、何もできなくなるわよ?」
「そうなんだよなぁ」
人間と猫の運動能力の差に俺は唸った。三人でもできる遊びって何があるだろう。
しばらく悩んだ末に俺はひとつ閃く。
「そうだ、かくれんぼをしないか? あれだと運動神経はあんまり関係ないだろ」
「いいけど、ここあんまり隠れるところはないわよ?」
「一回のゲームが早く終わっていいんじゃないかな。それに、ダメだったら滑り台とかあるし、そっちで遊ぼう」
「わかったにゃ! それじゃかくれんぼするにゃ!」
主役が賛成したことで何をするかが決まった。
じゃんけんの結果、紅夜が最初の探し手となる。
「それじゃ三十数えるにゃ! い~ち、に~い」
かけ声と共に照明灯の柱で紅夜が目隠しをした。
その様子を見ながら俺と白芳が体を半回転させる。どちらからともなく互いに目を向け合って小さく笑った。
先に白芳が口を開く。
「懐かしいわね。小さい頃神社の境内でよくやったわ」
「自分で提案しておいてなんだけど、もっと隠れる場所があれば面白いんだけどな」
「せいぜい見つからないように隠れましょ」
うなずき合った俺達は走り出した。
その気になれば人間以上に飛んだり跳ねたりできる白芳と違い、俺は普通の身体能力しかない。なので、しっかりと隠れられる場所が必要だ。
園内を見回して考えを巡らせる。公園の端で、二方向をブロック塀に遮られ、公園の外周に沿って植えられた背の高い木と低い木が生い茂る場所があった。そこに隠れる。
「これでしばらくは大丈夫だろうな」
呼吸を整えながら俺は周囲を眺めた。壁と木々に挟まれている狭いが日陰なので夏は涼しいかもしれない。
どのくらい隠れられているかなと考え始めてすぐに紅夜の声が聞こえる。
「善賢さん、見~つけたにゃ!」
「え?」
「見つけたにゃ! 善賢さんのにおいは忘れないにゃ!」
「なんだそれ。絶対見つかるってことじゃないか」
猫の嗅覚が鋭いことを思い出して俺は呆れた。これは最初から勝負になっていない。
結局、白芳も発見されたので二人でじゃんけんをした。今度は俺が負ける。
「それじゃ数えるぞ! い~ち、に~い」
目隠しをして俺はゆっくりめに数を数え始めた。最後まで数えきって振り向くと誰もいない公園が目に入る。
「隠れる側だとにおいでつきとめられるとして、探す側だとどうなんだろうな」
俺が人間だから普通のかくれんぼになるのではと予想した。だからといって俺ばっかりが探す役というのはたまらないが。
まずは片っ端から隠れられそうなところを見ていく。さっき自分が隠れていた木の奥や公衆トイレの裏側など主だったところには誰もいない。
「隠れられそうな場所はもうなさそうなんだけどな。まさか公園の外に隠れてる?」
最初の注意事項で隠れる範囲は公園内に限定していることを思い出した。決まりを破るとも思えないので恐らく見落としがあるのだろう。しかし、それがどこかがわからない。
頭をひねって悩んでいると何気なく地面に照り出された影が目に入った。公衆トイレのものだが何か違和感がある。
「もしかして?」
公衆トイレの平たい屋根へと目を向けると何かが一瞬引っ込んだ。近くには木の枝がその屋根まで伸びている。
「白芳、紅夜、公衆トイレの上に隠れられているとさすがに見つけられないよ。俺は上れないし」
「そっちの木を上れば見つけられるじゃない。試そうともしないのはダメね」
「そうにゃ!」
声をかけると平たい屋根の上から白猫と黒猫が顔を現した。
不満であることは声からしてわかるが俺も負けじと反論する。
「無茶言うな。人間は猫と違うんだぞ。っていうか、こんな大っぴらに姿を変えたり猫のまましゃべったら駄目だろ」
「うっ」
「ここしか隠れられるところがなかったにゃ」
言い訳をしながら二人とも地面に飛び降りると人の姿に化けた。
呆れつつも俺は周囲に目をやってから話しかける。
「どうも俺と二人の能力差がありすぎて遊ぶ手段は限られそうだな。仕方ない、今回は滑り台やブランコで遊ぶか」
「私もそれがいいと思う」
「わかったにゃ! それじゃ行くにゃ!」
めげることなく紅夜が笑顔でブランコに駆けていった。白芳はため息をついて顔を向けてくる。
そんな白芳に俺は苦笑いしつつも紅夜の後を追った。
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