1 ホイル包み焼きハンバーグ㉓

    *


(思い返してみても、ほんと謎だというか。何があるかわかんないものだなあ……)

 シュンは未桜の顔を知らないので、スタジオにほど近いというこのコーヒーチェーンの店舗で、わかりやすい服装をして待ち合わせるはずになっている。「窓に向かったカウンター席の端っこにいますね。ミントグリーンのロングスカートで、上は白いシャツ、肩くらいまでの黒髪の女です。歳は三十過ぎです」と先ほどメッセージを送ったら、『了解です! すぐ着きます』と返ってきたところだ。

 それにしても、動画の撮影自体は終わった後で決して映るわけではないと言われていたのに、なんとも気合の入った格好をしてしまった……と。長らく灰色のスーツで着たきり雀をやっていた我が身を思い返しつつ、苦笑する未桜だ。

 きっちりメイクをするのは、本当に久しぶりで。顔を作りながら「アイカラーは、慣れてないうちは色が濃い方から塗るのが鉄則でぇ。ライナーはまつげの隙間を埋めるみたいに、目とのキワッキワにね」という麗子の教えをうっかり思い出した割に、意外にダメージが少なかった。

 料理をご馳走になるだけだ。別に何を期待してもいないのは大前提で、──それはさておき。服飾への気遣いは、未桜が立派に舞い上がっている証拠だった。

(だって前に作ってた炊飯器チャーシュー、ほんとに美味しそうだったんだもの)

 トロトロのお肉の断面を思い出して、食べたばかりのコンビニラーメンにのっかったチャーシューという名の肉の切れっ端に、多少物悲しい気分になったくらいだ。

(びっくりだな。今日は何を作ってくれているんだろう。シュンくんの料理を、本当に直接食べられる日が来るなんて思わなかった!)

 改めて思い返してもミラクルな展開に、しみじみと息を吐き出しつつ、手元のドリンクを茶色い紙ストローでかき混ぜていると。

 ──こんこん、と目の前のガラス窓が軽くノックされる。

「!」

 顔を上げると、チェーン店のロゴの描かれた透明なガラスの向こう側で、画面越しに見慣れた童顔の青年が、ヒラヒラと手を振って微笑んでいた。


「お待たせしました! ロバさん、今日は本当にありがとうございます」

 鼻の頭を指先で照れ臭そうにきながら、勢いよくペコリと頭を下げた「シュン」は、動画で見るよりも優しげで礼儀正しい印象だった。ダボッとした紺色のパーカーに、どこかの外国の街の風景写真をセピア色で印刷した白いTシャツ。下はブラックの細身ダメージドデニム。ザ・若者! という風情の格好に、未桜はおののく。

 そして、ニコニコと満面の笑みを浮かべる顔は、画面越しで見るよりずっと整っていた。少しだけ垂れた黒目がちな眼は大きく、目鼻立ちは「人間の顔のお手本」みたいに行儀良く並んでいる。肌は健康的な範囲内だがやや白く、柔らかそうな栗色の髪やべっこうあめみたいなはく色のこうさいなども、全体的にどこか色素が薄く感じられる。

 すらりとしたたいも含め、それこそモデル業やアイドルグループにいてもおかしくないほどだ。しかし何よりも、幼さが印象的だった。確かにれいな子ではあるが、それよりも可愛らしい、というイメージが先立つ。

(子犬っぽい)

 無防備に目をキラキラさせ、ちぎれるほど尻尾しつぽを振っているしばけんが、背後に幻視できる気がする。飼い主さんが「うちの子は人なつっこすぎて番犬は無理ね」とあきらめるタイプの、なんというか。

(こう……オーラがまぶしい! 二十歳ってこんな若いんだ……!)

 軽く衝撃を受けてよろめく未桜に「?」を顔に描いて首を傾げた後、シュンはさらにニコッと笑みを深めた。「えと、……? どうしたんだろ? てかロバさんで合ってるかな? 間違えてたらすみません」とでも考えているのかな、と察したところで、ほとんど予想通りのセリフをそのまま言われた。なんとわかりやすい子だ。素直すぎてちょっと心配になるレベルに。

「ろ、ロバです。合ってますよ。こちらこそ今日は本当に、ありがとうございます。お世話になります」

「はい! お世話とか、そんなそんな。や、あの、ぜひお気楽な感じ? でお願いします! 僕のわがままで急にお誘いしちゃったのに、快く来ていただいてるんで!」

 しどろもどろになりつつ頭を下げて自己紹介すると、シュンは「よかった合ってた!」と胸をで下ろした。ついでに、「つまらないものですが」とぎんの名を冠する某果物屋のフルーツゼリー詰め合わせを差し出すと、「え! わ! すみません気を遣わせちゃって!」と目を丸くされる。目鼻立ちも「人間のお手本」のようだったが、反応までお手本通りで、未桜はちょっと笑ってしまった。

(いい子だなあ。なんか緊張がほぐれてきた)

 彼があまりに……無邪気に笑うもので、釣られて未桜も思わず微笑む。作り笑いでもこわった仏頂面でもなく、表情筋が、久しぶりにまともな労働にいそしんでいる気がする。

 しかし、十数分後。未桜は、今度はあんぐりと口を開けてあごを落とす羽目になった。

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