1 ホイル包み焼きハンバーグ⑦
そして最終的に麗子が目をつけたのは、未桜の指導教官の教授だった。六十手前という、親子ほどにも開いた年齢差を気にしなければ、彼は男やもめだったから、今までの「不健全な関係にある」とされてきた研究室のメンバーと違って――恋人のいる相手や、なんなら既婚者もいたので――付き合っていても、特に倫理的な問題はなかった。
麗子にとって公私混同は通常運転のようで、途中まで師事していた教官を断って、ゼミを移ってもきた。正直なところ、尊敬する先生に「手を出される」のは未桜にとってあまり歓迎すべき事態ではなかったが、それを麗子本人に言ったところでまた不機嫌になるのが分かりきっていた。何より、未桜は暇さえあれば研究に打ち込みたい人種だったから、ひと様の色恋
未桜はバイトの傍ら研究に打ち込み、必要な資料をとにかく集めた。固定のデスク引き出しに分厚いファイルをしこたま入れ続けていると、例のコーヒーメイカーをいじりながら、『未桜ちゃんは真面目だなあ、ソンケーしちゃう。でも、水中の遺跡調査なんて、すっごくロマンチック! あたしもテーマにしたいくらい』と麗子は笑っていたものだ。
この時、彼女の動きにもう少し真剣に気を配っていたら――と。未桜は後悔してやまない。
このまま修了したところで、麗子はどうするのだろう。ふらふらと遊び歩いている彼女を見て、未桜は親友として心配だった。何度「大丈夫?」という心配の言葉を
(麗子はこのまま、教授のお嫁さんになるのかな。二十九までに結婚したいって言ってたし……)
けれど、「有名になりたい」とも言っていた。教授の研究を陰から助ける身分で果たして彼女が満足するのかは、未桜にはわからない。そして、その頃には教授との関係も研究室の公然の秘密になっていたものの、その相手も、年齢差も関係の始まり方も、未桜にはどうにもすんなりとは祝福し難いものだったのも事実ではある。
そうこうするうち、博士課程も終盤に差し掛かってきた。
(自分のことだけ考えよう。博士論文は、きっと力作にできる)
未桜は、手元の研究成果に自信があった。長い時間をかけて培ってきたそれは、もはや分身のような、我が子にも等しいもので。そして、教授からも『視座も対象も新しい、これは話題になる』と太鼓判を押されていた。
いよいよ集めてきた資料を使って論文を作成し、練り直し。指導教官の例の教授とも打ち合わせを綿密に続け、――そんな中だった。他大学と共同で開催される、とある中心的な学会で、全く予想外のことが起きたのは。
麗子が学会の発表側メンバーにいる。それだけならなんら不思議ではない。
――日本水中考古学における海底遺跡ミュージアム構想の可能性と、国内外の海洋調査ファンドの活用について。
問題は、彼女の発表した内容が、何もかもすべて、未桜が長年かけて研究してきた内容だったことだった。
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