1 ホイル包み焼きハンバーグ⑧

『どういうことなの、麗子……!』

 学会誌に掲載されたレポートも、そっくりそのまま未桜のもの。

 麗子の発表の間中、気が気でない状態で過ごした未桜は、彼女が壇上から降りるのを待って、麗子を問い詰めた。怒りのあまり、目を開けているのに視界が真っ赤になるなんて経験、後にも先にもあれ以外ないだろう。

『どういうことって……さっきのあたしの発表のこと? うふふ、頑張ったんだぁ。ずっと興味を持ってた論題でね、教授も是非って太鼓判押してくれたし。資料もすっかり揃ってるから、博士論文出す前にここらで一度お披露目するのがちょうどいいって、教授がぁ』

『資料も揃っても何も……! あれ全部、私の研究成果じゃない!?』

 確かに、すいこう中の論稿や資料の集積場所を、麗子は把握していた。引き出しにかぎもかけていなかった。まさか成果を盗むなんて不届きなことをする人間が、研究室にいるなど考えてもみなかったからだ。それもよりによって、唯一の友人に……。

(そういえば先生、博士課程修了時に注目を集めたいからって、ゼミでの中間発表でも、私が論文の内容に触れるのを避けさせてた! 今思うとあれも全部わざとで、……教授もグルだったんだ。私の研究を盗むための!)

 ――許せない。

 何年も何年も何年も、寝食も忘れて励み、時間的にも金銭的にも睡眠や食事も切り詰めて打ち込んできたのは、こんなところで横取りされるためではない。

 なんて卑劣なことを。ひどい。

 平手打ちして、そうののしるはずだったのに。

『ええ!? 何言ってるの!? ちょっと妄想きついよぉ、未桜、ちゃん……?』

 胸ぐらをつかみたい衝動に駆られたところでかけられた言葉に、――未桜は目を丸くした。麗子の表情は、まるで自分がとんでもなく理不尽なことを突きつけられたように、ぼうぜんとしていたからだ。

『なんで? ……なんでそんなこと、言うの……? ……あたし、ずっと研究頑張ってきたんだよ? そんなの、未桜ちゃんが一番知ってるでしょ。未桜ちゃんにはずっと手伝ってもらってもきたじゃない……。いっぱい、相談、乗ってくれてたじゃない。ほら、イタリアのバイア海底遺跡の国立公園化についてとか、……未桜ちゃんに資料探しを手伝ってもらったでしょ?』

『……は?』

『ラテン語系の文法とかわけわかんないって、二人して愚痴言いながら翻訳したじゃん。……もしかして覚えてないの?』

(違う……)

 上目遣いに問われて言葉を失ったのは、話の内容が記憶になかったからではない。

 もちろん覚えている。ただし、――立場は真逆で、だ。

(資料探しの手伝いを持ちかけてきたのは麗子だったけど、十分も経たずに途中で飽きていなくなっちゃったし、イタリア語の翻訳は二人でやったんじゃなくて、私がやっているのをただ隣で見ていて『わけわかんないね』って笑ってただけ……)

 なぜそれを、平然と、全部自分でやったと言い張れるのだろう。そして、何をどうやったら「自分の研究を未桜が手伝った」という話になるのだ。しかも、今は人気のない廊下で話している。別に本音を言ったところで、誰に聞かれるわけでもないのに。

『教授だって、絶対、これならいい内容になるって言ってくれたし。今日のフロアの反応も上々だったし。なのに、どうして? あたし、……未桜ちゃんが頑張った時は、いつだって一番にお祝いしてきたつもりだった。未桜ちゃんはあたしの成功を喜んでくれないの?』

 あまりのことに声が出なかった。

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