1 ホイル包み焼きハンバーグ⑨

 あまりのことに声が出なかった。

 傷ついたように目にいっぱいの涙をめる麗子が。れいに整えられた爪の先で、しおらしくじりぬぐうその姿が――どう考えても、心の底からそう考えて言っているようにしか見えなかったからだ。

 これで、「あんたの研究結果を盗んでやったわ」「そんなに大事な資料なら、鍵もかけずに不用心にしてたのがいけないのよ」なりなんなり、それらしいセリフが出てきたらまだ良かった。

(麗子は……この子は、当たり前に思ってるんだ。なんの疑いもなく信じ込んでるんだ。今まで全部、自分の力で研究をしてきて、それを順当に発表しているだけなんだって、本気で、そんなふうに)

 あたし、未桜ちゃんみたいになりたいんだぁ。

 不意に、麗子の甲高い笑い声と共に、いつか言われた言葉が脳裏に反響し――ここにきてやっと、未桜は麗子の正体を見た。

 彼女は、いわば無自覚なカッコウのひななのだ。

 きっとずっと、こうやって生きてきたのだろう。「なりたいもの」に一番近いところにいる獲物を巧妙に見つけ、寄り添うふりをして、いつの間にか全部奪って成り代わる。そして麗子の中では、その過程はすべて「なかったこと」にされる。何もかも最初から自分でやったように、すっかり己の記憶をもかいざんしてしまう。

 相手のものをかすめ取るためにろうした手段が、どんなにそくで、周到で、計算高いものだったとしても。利益を手にした途端、麗子にとっては相手の歩んできた道筋ごと、すべて「もとからあたしのもの」になるのだ。

『……』

 ――ゾッとした。

 絶句するしかない未桜に、麗子はますます勢いづき、『ひどい、未桜ちゃん。あたしたち親友だと思ってたのに』と大声を上げた。

『まさか、あたしの研究にしつして、自分のものだって横取り、、、しようとするなんて……あたし、未桜ちゃんだけにはあたしのこと認めてほしかったのに! 未桜ちゃんがそんなひきような人だなんて思わなかった!』

 これは誰だ。いや、「何」だ。頼むから、人間の言葉でしやべってくれ。

 とうとう湿った声を荒らげ、その場でワッと泣き出した麗子を前に、未桜は呆然と立ち尽くしていた。

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