1 ホイル包み焼きハンバーグ⑩

 ――結論から言うと、味方してくれる者はまったくおらず、学部時代も入れれば十年を費やした未桜の研究は、そっくり全部麗子のものになった。

 なにせ、麗子の他に、研究過程を共有している友人もおらず。教授の勧めで――それこそ成果を誰かにだまし取られないようにとの触れ込みで――ごく閉じられた環境でしか情報を開示してこなかったのが災いした。

 未桜は博士課程を、単位取得退学している。論文は出さなかった。出せなかったのだ。当然である。出せるものが何もない。

 学部に入ったのも院に進学したのも、全部この研究に打ち込むためだった。それが失われてしまった今、できることなどないし、新しいテーマを見つける気力ももう残っていなかった。同じくらい、また横取りされたら、という恐怖もあった。

 教授からあつせんを示唆されていた博物館学芸員の仕事もあったが、当然のことながら辞退せざるを得ず。おまけにちゃっかり、麗子は同じ教授の推薦で、別の国立大学の常勤講師の座を獲得していた。

 失意のうちに大学を去った未桜だが、三十を目前にした博士課程の、それも女性を、新卒枠として雇ってくれる企業などない。至難を極める就職活動の果てに、どうにかもぎ取ったのがこの仕事だ。決して好きではないが、ここを辞めたら後がない。

 あんなに大好きだったはずの考古学の学術誌や研究書を読んでも、自分の代わりにのうのうと講師の座を得て活躍している元親友の影がちらついて苦しい。また、将来に期待して博士課程まで学費を出してくれた両親にも申し訳ない。

 そして、さらに不幸なことに、――麗子のものになった研究は、ちょうどその時に考古学系の邦画作品が流行したことが手伝い、たちまち脚光を浴びることとなった。

『今注目の、我が国の水中考古学における第一人者。R大学の美人講師、山中麗子先生にお越しいただきました!』

 テレビでもラジオでも。つけていたらふとした瞬間に、その名前が目に、耳に入ってくる。

 そこであの女は、いつでもキラキラした笑顔で、ばっちりと決めたメイクと服で、カメラに向かって微笑んでいる。

『山中先生が、この研究を始められたきっかけはなんですか?』

『うふふ、実は……タイタニックの映画なんです! 深海の冷たい水に守られて、あの有名な沈没船が、信じられないくらい綺麗な状態で今に残されているんだって。冒頭のシーンで感動しちゃって。我ながら影響されやすいなって、恥ずかしいんですけど……』

 コメンテーターに質問され、得意げに語る顔が。その華やかさが、網膜に焼き付く。

『日本では、水中考古学ってまだまだポピュラーじゃないんですよ。資料を集めるのも調査をするのも難しくて、だからいばらの道って言われてて。それを知った時、ワクワクしたんです。……まだまだ発展の余地がある、これからの学問だってことなんだから。今、最前線で頑張っている人たちの助けに、どうやったらなれるだろう。自分にできることを探すのは、きっと、すごく楽しい、って!』

 考古学者を目指した理由すらも、未桜から掠め取ったもので。いけしゃあしゃあと言ってのけ、つややかにグロスを引いた唇の端をり上げる麗子に。未桜は、ただただもう、虚無のまなしを向けるしかなかった。

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