1 ホイル包み焼きハンバーグ㉔
「ここがスタジオ……!?」
(フロントがあるというか、コンシェルジュがいる!)
ロビーを突っ切って歩くシュンの背中は迷いない。慄きつつも従う未桜は、乗り込んだエレベーターで、彼の指がてっぺん近くのフロアボタンを押すのに驚いた。
(そんな上層階なの!? ……内装から割といいマンションなんじゃないかって予想はつけてたけど、この子、ひょっとしなくても大変なお坊ちゃんなのでは……)
「なんか、すごいとこだね……」
「? はい。外国の方なんかも住んでるマンションなので、エレベーターで出会う人の会話も、すごい国際色豊かなんですよ」
すごい、の方向性についていささかズレた回答をもらいつつ、取り止めもない話をしていると、エレベーターが軽い金属音を立てて停止を知らせる。高級ホテルのように部屋がずらりと並ぶ廊下を奥まで歩くと、一室の前で足を止めたシュンは
本当にここにスタジオがあるんだ、と今更な感想を抱き、未桜はごくりと
(天井はうちの倍、高いのでは? 値段は倍じゃすまなそうだけど)
「どうぞ!」
「あ……はい。お邪魔します。そうだ、シュ……佐藤さん」
「シュンでいいですよ!」
「じゃあ、……シュンくん? で。シュンくんの他に、スタジオにはどなたかいらっしゃいます?」
「いえ、残念ながら。いつも撮影と編集担当に相方が入ってくれてるんですけど、今日は『お客さんが来る』って言ったら遠慮してもう帰っちゃいました。ご紹介できたらよかったんですが」
(相方って、ひょっとして、大学の友達とか? ってことは撮影してるのも男の子かな?)
軽くあたりをつけてみる。作りかけの料理のつまみ食いをしようとしたり、動画内でも気やすい感じがしたから、むべなるかなだ。
誰にせよ、撮影は終わった後と聞いていた通り、帰宅してしまったらしい。その場にいるのはシュンだけだということだ。引っ込み思案で初対面の相手と話すのが苦手な未桜としては、あまりたくさんの人に会いたくはなかったので、ちょっとだけホッとする。
わずかばかり気を抜きつつも広めの玄関で靴を脱ぎ、案内されるまま奥のリビングダイニングへと進むにつれ、ふわりと
(あ、この匂い)
トマトソースやデミグラスソース系の甘さを含む、焦がした脂の香ばしさ。
「ハンバーグ……?」
「正解です!」
思わずつぶやく未桜に、にかっと──得意満面で笑って、シュンは奥のすりガラスをはめた背の高いドアを押し開ける。そこには、いつも画面で見ている通りの光景が広がっていた。
(わあ。本当にシュンくんのスタジオだ!)
広々とした、清潔な白いアイランドキッチンには、奥に大きな冷蔵庫が二つもあり、思わず、いつも見ている動画の中で彼が材料を取り出している場面を思い出してしまう。シュンは自慢げに「実は別室にもでっかい業務用の冷蔵庫があるんですよ!」と付け足す。エヘンと胸を張る様子に「どれだけ材料を買い込むの」と未桜は笑ってしまった。
キッチンの手前には、
オレンジ色と黄色のコロンとした可愛らしい花に、未桜は目を細める。お花が生けてあるテーブルで食事する機会なんて久しぶりだ。客を招くからと気を遣って準備してくれたなら、なおのこと
「飾ってあるお花、綺麗ですね。マリーゴールド、小学校の花壇に植えてたのが懐かしくて。……こっちは、多分アザミ……? かな。素敵な色の取り合わせ……」
パッと華やかな印象を与えて目に飛び込んでくる黄色のユリは、よく高山などで見かける気がする。白やピンクもいいけれど、この色も素敵だなと未桜はうっとりした。
「こっちの粒々したクリーム色のお花は? なんだか、葉っぱに見覚えがある気もするけど……」
見慣れない花を指差して尋ねると、「この花だけは相方が準備して教えてくれたんで、又聞きですけど」と前置きしつつ、シュンは鼻の頭を
「これ、
「……そうなんだ」
照れ臭そうなシュンに、未桜はしみじみ
「あと月桂樹って、あんまり気にしてる人いないかもだけどローリエじゃないですか。ローリエって言えばお肉を使う洋食の定番ハーブですから! 乾燥させた食用のですけど、もちろん今日のハンバーグにも使ってますよ。料理好きの男子大学生っぽいところをアピっとこうと思って」
「あはは、動画には映らないのに?」
「……あ、ほんとですね?」
わざわざ花言葉まで調べて準備をしてくれるなんて、相方くんだという男の子はなかなかロマンチストらしい。せっかくだから会ってみたかったなと、未桜は残念に思った。
「それじゃ、早速あっためるんで、ちょっと座って待っててくださいね!」
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