1 ホイル包み焼きハンバーグ⑮

『かしこい炊飯器は、コメ以外入れるとエラー出たりしますけど。こいつはその点いいですよ。口ん中のモンなんでも大人しく炊いてくれるんで。もし皆さんのお宅の炊飯器がかしこい子で、やめろって騒ぎ始めたらこのレシピはいったんストップです。普通に壊れます。あ、もしそうなった時は、鍋とか圧力鍋で代用するレシピ、後で上げるので。そっち参考にしてくださいね!』

 ひとしきり炊飯器について語ったのち、彼は「まずは下準備!」と手を叩くと、小さなガラス製ボウルにゴムべらで指定の調味料をあけていき、丁寧に練り混ぜる。続けて、ごま油を引いたフライパンで、すりおろしニンニクと刻み生姜、みじん切りにした青ネギをさっといためた。香味野菜がしんなりしたところで取り出して先ほどの調味料に混ぜ、『香りをそのまま移したいので』と同じ鍋で、肉を表面だけ焼き付ける。

『で、軽く脂をいたお肉を、炊飯器の底に置きます。この時点で割と美味おいしそうなんですけど。豚肉はまだ中がぜんっぜんレアどころか単なるナマなので、つまみ食いは控えてもらってですね! ……ちょ、だめですって。言ったそばからもー』

 撮影者が手を伸ばそうとしたのか、彼は少し焦った調子でカメラに向けて「止めて」のジェスチャーをする。それから、まゆじりを下げてすぐ次の作業に移った。

『塊肉に、合わせた調味料を回しかけて、お水をひたひたに注ぎます。したら、アルミホイルかクッキングシートでぴっちり落としぶたを……この落とし蓋、うっかり忘れると蒸気口からすんごい湯気と熱湯が噴き出してきます。まじやばいです。断末魔かよ、みたいにブッシュブシュ猛抗議食らうんで。ぜひ気をつけてください』

「ふふ、何それ」

 思わずクスッと笑いがこぼれ、未桜は口を押さえた。うっかり独り言まで。

『んで、いよいよピッ! と押す前に、ワンポイント。設定は早炊きにしてください。通常モードだと、お米に吸水させる時間が入っちゃうんですよ。無駄は省いて早く肉にありつきましょう。……はい押した! 後は、ほったらかしで炊飯器が呼んでくれるのを待つばかり、と』

 画面映えさせるためか、やけにおおな仕草でスイッチを押すと、動画が急に倍速送りになり、暇そうに過ごしているシュンが映る。彼がせわしなくあちこち歩き回り、腕組みをして待ちきれないように炊飯器をのぞき込んだり、無駄にスクワットをして時間をつぶしている様子が出てきて、未桜はまた笑った。なんとも飽きさせない。

 再び動画が等速になると、ピーッと電子音が響く。調理が終わったようだ。彼が炊飯器の蓋を開けると、ムワッと立ち上った蒸気がはけた後に、ホイルの落とし蓋が現れる。

『今、めちゃくちゃいい匂いしてます。今すぐ食べたいくらいだけど、残念! まだです。ここで一度、グッとこらえてお肉をひっくり返します。それから、保温モードでじっくり二時間。そうすることでお肉がびっくりするほど柔らかくなって、味も染みるので。出来上がりのお楽しみをとっておくために、中身はまだ内緒です』

 ホイルの下は、映される前にモザイクがかけられてしまう。マル秘マークで隠すのがセオリーな気はするのだが、よりによってモザイク処理にするあたり、なかなかに愉快なセンスだ。

『さて、うまくできているでしょうか!』

 やがて画面が切り替わり、二時間後、というテロップが表示された。シュンがワクワクした様子で炊飯器に近づき、もう一度蓋を開ける。そして、寄りになったカメラが映し出したのは、なんとも美味しそうなつやつやの塊肉だった。

 脂と調味料のおかげか、表面があめいろの宝石よろしく照り映えている。まるで画面のこちら側にまで香りが漂ってきそうなそれに、未桜は思わずなまつばを飲み込んでいた。

『全体にタレを絡めましてー。じゃ、切ってみますね』

 シリコン素材のトングで取り出した肉を、シュンは木製のまな板にのせ、包丁を入れる。すると断面からも湯気が上がり、ほろほろに繊維の崩れた、なんとも柔らかそうな肉が現れた。肉にズームが入ると、程よく脂が乗っていたらしく、透明のプルッとしたゼラチン質の部分も見える。

(うわあ……美味しそう……!)

 未桜は思わず、出来立てのチャーシューに見入った。本当に目の前にあるみたいだ。むしろ目の前に欲しい。さっきろくに味わいもせずに食べた、あるかないかもわからない小さなチャーシューの切れ端が載ったコンビニラーメンが、急に味気ないものに感じられてきた。どこかの有名店の監修とかで、割と高かったのに。

『ここは分厚く切りたい、分厚く。そう思いません? もう、おうちご飯の時くらいは欲望に素直に生きたい。ラーメン屋さんではやってくれない、限界の厚みに挑戦したい、的な?』

 歌うように自家製チャーシューへの意気込みを語りつつ、切った肉を大きなお皿に盛り付けると、彼は仕上げにかまに残ったタレをスプーンでひと回しした。

『自家製チャーシュー、完成! です! あー……これ本末転倒だけど、ラーメン食べたくなるなぁ。むしろ炊き立てのご飯がほしい。炊飯器は使っちゃったし……一緒に炊けないのが難点っちゃそうですね。ちなみに煮汁に漬けたゆで卵だったり、刻み三つ葉とか添えてもおすすめ。後は、白ネギ。青い部分は使ったけど、残った部分で作った白髪ネギは鉄板ですね』

 カメラはシュンからメインの撮影対象へと切り替わり、皿の上の肉をいろいろな角度から映し続けている。

『実食タイムです!』

 そのうち一切れをはしでつまみ、──あ、と未桜が思った時には、シュンは口に放り込んだ。

 もぐもぐ、とじっくり肉の味をみ締めるようにしやくした後、うれしそうに表情をほころばせる。ゴクン。少年めいた容姿に似合わずそこだけ青年らしいのどぼとけが上下し、奥へと飲み下す。明るく健全な番組の様子に不釣り合いなほどの色気を感じさせるその様子に、未桜は思わず見入った。

(って、うわ。何ガン見してんだろ私……むしろ目のやり場に困る感じじゃない)

 誰もいないのに妙に気恥ずかしくなり、耳が熱くなる。そうこうするうち、番組は締めくくりに入っていた。

『今日もご覧いただきありがとうございました! この番組は、料理好きの男子大学生がとっておきの簡単時短レシピを紹介していく動画です。気に入ったらチャンネル登録、どうぞよろしくお願いします!』

 またね、とひらひら手を振って、お決まりになった締めくくりの音楽が流れる。そして、エンディングのロゴと共に、彼は画面からふっつりと消えた。「この動画を観た人へのおすすめ」を示すサムネイルが三つほど浮かび上がり、今日のアップ分は終了したことがわかる。

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