1 ホイル包み焼きハンバーグ⑯

「終わっちゃった……」

 また独り言をつぶやいてしまい、未桜はため息をついた。

(今日もとても美味しそうでした、ありがとうございます。これからもう一回見返します……っと)

 短文SNSアカウントから、今日の動画へのリンクを貼った投稿にコメントを送りながら、「元気が出ました」とも続けて打ち込もうとした未桜は、そこで指を止めた。

(元気は……どうかな)

 コンビニのラーメンも、伸び切って冷めてはいたが、それはそれで美味しかったはずなのに。チャーシューも入っていたはずなのに。

「なんかお腹すいた。……チャーシュー食べたいなあ」

 食べたばかりだけに、ぐうとも鳴らない腹を押さえながら、未桜は苦笑した。

 心は満たされたようで、満たされない。

「……食べてみたいなあ」

 あのチャーシュー。それから、過去に彼が作っていたさまざまな料理。

(何があったっけ……この前がビーフストロガノフ、その前がタケノコの代わりにじゃがいもを使った変わりチンジャオロースーで。牛肉の、野菜たっぷりプルコギの時もあったっけ……)

 最近グッと減退した食欲だが、この番組を見始めてから、少しだけ戻ってきた気がする。けれど、それで何か食べようと思って外に出たりなどすると、たちまちに先ほどまでの勢いは消えうせ、結局は何を食べたいのか、そもそも何かを食べたいのか自体、分からなくなってしまうのだ。さっきまであんなに「食べたかった」はずなのに、と首を傾げながら近所のコンビニの中を意味もなく一周し、家に戻る羽目になる。

(料理。……料理かあ。……自分で作るために見始めたのに、まだ一度も作れてないもんなあ。一つでもシュンくんのレシピ通りに料理を作ってみたりしたら、私の生活も、何かが変わるのかな)

『みなさんもぜひ試してみてくださいね!』

 シュンは動画の終わりが近くなると、必ずそう言って締めくくる。そして、こちらに向けて手を振りながらニカッと破顔するのだ。まるでお日様のように底抜けに明るく邪気のない、料理も動画撮影も楽しくてたまらない、そんな様子で。

 キラキラしたはく色の眼を見つめていると、未桜の胸の奥からは、いわく言い難い、なんとも不可思議な感情が湧いてくる。どちらかというと、ほろ苦く、切ないそれ。

(この子、二十歳かぁ。私、……私が二十歳の時はどんな感じだったかなぁ。学部の研究室に入ったばかりで、まだまだこれからって、夢と希望にあふれてたっけな)

 料理なんて久しくしていない。高校くらいまではお菓子作りが趣味の一つだったけれど、もう遠い昔の話だ。彼の動画も、料理をしてみようという呼び水にするはずが、実行に移す前に意気が消沈してしまうのだった。ただ変わらぬ日々をやり過ごすことだけに必死になって……。

「はあ……」

 己のいたわり方がわからない。メールや手紙の文末では「ご自愛ください」なんて気軽に言いあうけれど、そのご自愛にだって、気力がいるのだから。

 幾度目かになるため息は、ラーメンの匂いだけがわずかに残る、誰もいない部屋にわびしく消えていった。

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