1 ホイル包み焼きハンバーグ⑰

      *


 誰かが作ったご飯が食べたい。

 誰かのために作られたコンビニのできあいではなく、誰でもいいから席につけば出してもらえる外食でもなく。自分のためだけに誰かが特別に作ってくれた、美味おいしいものが食べたい。

(そして今日もまた、同じことの繰り返し……)

 せんをぐるぐる回るのにも、そろそろ燃料が尽きてきた。「料理好きの男子大学生」シュンの動画を見た後は多少回復するが、しよせんは一時的なカンフル剤でしかない。朝から満員の通勤電車に揺られた後は、灰色の町並みを足早に抜け、勤め先の生命保険会社への通い慣れた道を急ぐ。目前にそびえる巨大なビルをあらためて見上げ、未桜はふうっと息を吐いて自動ドアをくぐった。

 この世に、会社に行くのが楽しい人間というのは存在するのだろうか。そういえば旧約聖書にいわく、「労働は神から与えられた罰なのだ」と聞いたことがある。アダムとイブがうっかりと蛇にそそのかされてリンゴを食べてしまったから、男には労働が、女には妊娠と出産の苦役が与えられたとか。では、労働と妊娠出産の二重苦を負わされた多くの現代女性は、そろって一体どんな恐ろしい罪を犯したと言うのだろうか。神様ちょっと出てきて説明してください。

(はー……)

 くだらないことを考えずとも、朝は来るし出勤時刻も訪れる。なんにせよゆううつな一日の始まりだ。

(今日は午後まではどこのアポも入ってないから……午前中は、メールチェックだけして、あとは総務関係の雑務を色々したらいいはず。確か、今月の契約数ノルマはほとんど達成しているはずだし)

 予定を頭の中で組み立てながらエントランスを進む。うつは気鬱だが、張り替えたばかりの靴のかかとが、硬い大理石の床を踏む感触だけは気持ちがいい。それなりの出費を思い出すと苦い思いもするけれど、こうやって履いてみると気持ちが切り替わってなかなかいいものだ……。

 ぼんやりと考えごとにふけりながらエレベーターに詰め込まれ、すっかり親しんだオフィス階で降りたところで、エレベーターホールにやたらと同僚たちが押しかけているのに気がついた。

(──なんだろ?)

 昨今のトレンドに従い、この会社でも基本的に、イントラネット上のメッセージツールで各種通知が行われることが多い。が、大事なお知らせだけはわざわざ紙に印刷して、古風にこうして公共の場に貼り出される。

 なんとはなしに嫌な予感がする。まずは更衣室に行って制服に着替えなければ……と頭の隅で思いつつ、気になってすぐに去る気になれない。

 ちなみに、他はどうだか知らないが、この生命保険会社では、二年超えの社員は古株にあたり、中でも未桜はかなり若い部類だ。特に保険商品の販売員は、未桜のようなごく一部を除き、五十手前くらいの女性が家計の足しにと勤める場合が多い。彼女たちはデジタルツールの扱いが苦手で、お知らせがアナログな貼り出し形式を併用しているのもそれが理由だ。子供が大きくなって巣立っていったという人も多く、未桜は割と可愛がってもらえていた。

 そんな同僚の一人が、エレベーターホールにぼんやりと立って人混みを眺める未桜に気づき、あっと声を上げた。

「ちょっと未桜ちゃん、今きたとこ!? 掲示見てないよね!?」

「……け、掲示……ですか?」

 もちろん見ていない。困惑しつつ首肯を返す未桜に、声をかけてきた中年の女性同僚は、ふっくらした頰に丸い指を当てた。

「ちょっと困ったことになってるのよぉ。上も勝手よね、一方的に、こんな……」

 彼女に示されるままエントランスの壁にある掲示を見て、──その内容に、未桜は目を見開いた。

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